ある小者
加納家の小者に嘉平がいる。年を取っているが知識は豊富。流れ者のような男で、加納家に漂着した感じ。もう年なので、彷徨いたくなかったのだろう。
加納家の当主とは旅先で出会った。一寸した賭け事の場があり、そこでこの当主、かなり困ったことになった時、嘉平が助けている。
諸国をうろついていたので、色々なことを知っており、世間に通じている。ただ、そられの経験が人格形成に生かされることはなく、加納の当主を助けた程度。これは小手先の知恵だ。
経験を積んでも嘉平は人格的に磨かれたわけではなく、人柄は相変わらず。ただ、大人しい人で、それはずっと変わらない。
加納家で喜平は年寄りでもできる軽い仕事をしている。当主は、そのために雇ったわけではない。
屋敷内の嘉平に当主はよく合いに行く。そのため、他の家来や奉公人から嘉平は一目置かれている。本来なら同室では会えない身分差があるので、裏庭の東屋に嘉平を呼び出している。殆ど屋外だ。
困ったことがあると嘉平に聞く。武家にはない発想が嘉平にはある。
加納家の家人や家来には話せない内容が多く、また、そういうことを聞かせたくない。嘉平ならそれが言えるし、聞ける。
しかし、嘉平の話は、深い洞察力から導き出したわけではない。人徳もなく、ただただ生き延びているだけ。ここの奉公もしくじればそれまでと考えており、当主が気に入るような話の持って行き方もしない。もうそういうのが邪魔臭いのだろう。
嘉平は知恵者ではなく、少し人より多くの世間の事情、人情に通じているだけ。当主としてはそれで充分で、この老人のかすれ声を聞いているだけでも落ち着くようだ。
嘉平はその後も、加納家に雇われ、当主が引退してからも、まだそこにいる。
了
2023年7月15日