小説 川崎サイト

 

モドキ

 

「そのものの手前。これがよろしい」
「そのものではなく?」
「そのものは普通にある。現実だな。現物だ。実際のものだ」
「でもそのものは掴めないと聞きましたが」
「目の前のコーヒーカップやピーナツ。これは掴めるだろ。飲めるし食べられる。ピーナツは固いので、歯が悪いと噛めないかもしれんがな。ピーナツも歯も、実際のものだ。そのものだ」
「では、そのものの手前とは?」
「ピーナツのような豆とか、コーヒーのような飲み物とかだ。しかし、違う豆で作ったコーヒー風なものでも、この世には存在する。実際のものだ。ただ、本物のコーヒーではないし、ピーナツではないがな」
「インスタントラーメンはどうですか」
「小麦粉でできておるのなら、同じだろう。コンニャクでできておれば別物だがな。ラーメンの麺とは遠くなる。糸コンニャクとか春雨じゃな。まあ、これをラーメンとして食べてもいいのだが、そちらの方が実は難しい。そのものよりもな」
「ラーメンがあるのなら、ラーメンを食べたらいいでしょ」
「実際のラーメンを実際に食べると、実際にラーメンを食べた実際だけ」
「実際が多いです。実際の話」
「ラーメンに近い別の長細いものの方が興味深いのだ。意外と本物のラーメンを越えていたりしてな」
「それは何ですか。そんなことをわざわざするのは」
「感じ方を試みておる」
「はあ」
「感じ方の問題でな」
「同じように感じることができれば、それでいいと言うことですか」
「そのものはそのもの以上にはならん。また、そのものもそう感じておるだけで、実際のものとは違うかもしれんしな」
「イメージのようなものですか。感じとは」
「そのものズバリでは芸がないじゃろ」
「げ、芸」
「まあいい。そのものよりも、そのものではないものの方がよかったりする」
「芸をしているからですか」
「そのものを表そうとしておるが、そのものであってはいけない。だから、その手前。ただ、その手前からの方が、そのものを越えたものになる。ただ、それはそのものに近いものにあるのではなく、そう思わせるだけだがな」
「本物よりも偽物の方がそれらしいというようなことですか」
「偽物ではない。そのものの手前のものとはな」
「ラーメンでは春雨の方がいいと」
「そこは好みじゃ。糸コンニャクの方がよかったりするしな」
「モドキの世界ですか」
「わしも、モドキじゃがな」
「あ、はい」
 
   了



 

 
 


2023年7月24日

 

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