小説 川崎サイト

 

妖怪大入道雲群

 

 暑い盛り、妖怪博士宅に担当編集者がやってきた。その雑誌はまだ続いているようだが、部数は落ちている。
 何を載せても似たようなものなので、最近は売れ線を狙わなくなった。その方が楽なので、この担当編集者も喜んだ。
 ただ、妖怪博士が連載している妖怪談は最初から売れ線ではないので、楽になったわけではないが、他の記事で、売れる記事を書かなくてもよくなったので、どちらにしても喜ばしいこと。
「大丈夫なのかね。君ところの雑誌」
「絶対に買う人がいますから、その線をキープすれば良いのです。儲かりませんが」
「しかし、出しているだけでも偉いねえ」
「世間から相手にされていませんから、あってもなくてもどうでもいい雑誌です。意外とこういうのが生き残るはずなのですが、もう雑誌の時代じゃないのでしょうねえ。しかし、です」
「まだ、演説が続くのか」
「はい。意外と紙の雑誌が見直されるのではないかと思いましてね。買って読まなくても、置いているだけでもいいんですから」
「何を置くのかね」
「だから、積ん読でも良いし、並べても良いし、そのへんに突っ込んでいても良いし」
「読まない雑誌か」
「気が向けば、読むでしょう」
「それよりも私の記事はどうなんだ。受けているのか」
「反応は低いです」
「やはりのう」
「でも、いいのですよ。面白くなくても」
「つまり、私の妖怪談や怪異談は面白くないのかね」
「それは何とも言えません。僕も当時者ですから。責められるとすれば僕です。博士と一緒になってサボってますから」
「じゃ、次回は売れ線を狙うか」
「それはしなくても大丈夫ですよ」
「何を書こうがどうせ面白くないからか」
「そうじゃありませんが。ところで、次回ですが」
「雲の妖怪」
「夏の雲ですね。じゃ、入道雲の妖怪ですね。有名ですよ。大入道」
「入道雲を見ていると、何かの形に見える。特にモンスターにな。化け物だよ。あれは」
「じゃ、それにしますか」
「不満そうじゃが」
「そんなこと、ありませんよ。単純明快で、分かりやすくていいですよ」
「一匹というか一体というか、一柱というか、いくつも並んで出ておるときがある。西の空にずらりと並び、反対側の東の空にもずらりと。まるで睨み合っておるようで、これは団体戦じゃな」
「そんなに湧き出しますか」
「たまにな。そして揃いも揃って形が化け物に見える。手があったり、口を開けていたり、角が生えていたり、身をくねらせていたり、ジャンプしておったりとかな。それに刻一刻、形や表情が変わる」
「そんな日があるのですね」
「花火大会よりも派手かもしれん。しかし、誰も見ていなかったりする。凄いことが大空で起こっているのにな。しかもかなり高いところに頭があったりする」
「大入道ですね」
「だから妖怪名としては大入道雲群と呼ぼうか」
「一匹じゃないですからねえ」
「しかし、暇なものしか見ておらん」
「うちの雑誌と同じですよ」
「入道雲が妖怪に化ける。あの雑誌も化けるかもしれんぞ」
「そうあって欲しいです」
「うむ」
 
   了

 
 


2023年8月5日

 

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