小説 川崎サイト

 

ゾンビ

川崎ゆきお



 岩田は適当な駅で降りた。
 いつも利用している沿線だけに、全く知らない駅ではない。
 その駅を選んだのは、降りたい気持ちになったからで、その駅に何かがあるわけではない。
 降りた理由もよく分からない。
 会社の帰りだった。
 岩田は吊り革にぶら下がりながら、夜景を見ていた。
 吊り革を両手で握っていることに気づいた。
「疲れている」
 降りた原因はそれかもしれない。
 しかし、なぜ降りたのかが分かりにくい。
 いつものコースから外れたかったのかもしれない。
 それで疲労が回復するわけではない。
 疲労は身体に来ていた。
 コースを逸することで、休めるのではないかと感じた。
 家に戻っても疲れるだけで、休める場所ではなくなっている。
 その駅に到着した時、岩田は一気にドアに向かった。
 乗客がすべてゾンビのように見えた。
 初めて降りる駅だった。
 高架の駅だ。
 岩田は階段を降りた。
 改札を抜け、駅舎に隣接するショッピングセンターに入った。
 もうそれだけで、新鮮な空気を感じた。
 ショッピングセンターを抜けると、暗い道路に出る。
 明るい場所から、普通の夜道に出たため、暗さが目立った。
 岩田と同じような通勤姿の男女が、ポツリポツリと間を開けながら歩いている。
 道路沿いに派手なネオンがちらつく。パチンコ屋だ。
 その横に黄色く見えるのは中華料理屋だろう。
 岩田は目的もなく、ゾンビ達と歩く。岩田もゾンビの一人なのだ。
 道路はやがて幹線道路とぶつかる。左右どちらかへ曲がらないといけない。
 岩田は左へ曲がった。
 別に意味はない。何かにぶつかりそうになった時、左へ避ける癖があるためだ。
 ゾンビの数が減った。
 次ぎの交差点で左へ曲がった。
 もう、ゾンビはいなくなっている。
 雑居ビルと民家がひしめく細い道路だった。
 そして、次ぎの十字路で、また左へ入った。
 しばらく進むと駅舎が見えてきた。
 
   了




2007年12月14日

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