小説 川崎サイト

 

探し物

 

 裏側とか、隠されたところばかり探していたのだが、何の気なしに表側を見ると、そこにあった。しかも堂々と。
 倉橋は探す場所を間違えていたのだろうか。そこにあるのなら、妙なところまで行くことはなかった。裏側と言っても、人に知られていないだけで、ややこしいものが多くそこに集まっている。表側では相手にしないようなものとか、特殊なものだ。
 しかし、倉橋が探していたのは特殊なものではない。ただ、何処を探しても、見付かりにくい。ましてや表側の堂々としたところなど最初からそこにあるとは思っていなかったのだ。ところがあった。それなら探し回る必要はなかった。
 それでもまだまだ探しているものは残っており、表側で全部見付かったわけではない。裏側やその他のめぼしいところにもない。
 これはないほうがいいのかもしれない。なぜなら探す楽しさがなくなるため。
 探しているときのほうが楽しかったりする。そしてやることができる。
 できれば裏側から手に入れた方が楽しい。それなりに手間が掛かるので、苦労も多い。表側なら簡単だが、敷居が高い。
 裏側は敷居は低いが、手間が掛かる。
 それを手に入れるよりも、手に入れるまでの過程を倉橋は楽しんでいるようだ。探すのが目的化している。これは表側にはないものを探すため闇の中を彷徨っているようなもの。
 ところが今回、闇の中ではなく、表側に堂々とあった。ということはありふれたものだった。何処にでもあるような。
 だから倉橋は妙なものを探していたわけではない。今回に限っては。
 何処の店に行ってもないもので、それなりにありふれているのものだが、いざ買うとなると、何処で売っているのかが分からなかったりする。
 たとえば爪切りだ。これは文房具屋で見かけたことがあるので、売っているだろうと思うと、なかったりする。
 それ以上探さないでいるとき、ふとコンビニに寄ったとき、爪切りがあるではないか。それと似た感じを倉橋は体験した。
 難しいところにではなく、すんなりと見付かることもあるのだ。
 見当を付けた見当が違っていただけかもしれない。
 
   了


 
 
 


2023年8月23日

 

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