小説 川崎サイト

 

周法さん

 

「周法さんは何処で修行されましたかな」
「いえ、何処にも」
「じゃ、師は」
「いません」
「ではどうして修行されましたのじゃ」
「一人で」
「一人?」
「はい」
「独学、独習のようなものですか」
「でも修行というほどではありません」
「では、どうして、ここに来られました」
「噂でお聞きして、是非お会いしたいと」
「ここは修行の場。やはり人から教えを受けたいのですかな」
「いえ、それはお手間かと」
「わしはいいぞ。手間だとは思ってはおらん」
「お会いしただけで、もう十分です」
「ほほう。では聞くが、周法さんはどのような方法で修行されましたか。一人でやったと聞きましてが、その方法を知りたい」
「大したことはありません。気の向くままです。それに任せたまま」
「ほほう、それはまた無邪気な。では悪心が起きたときはどうします」
「悪い心ですか。そうですねえ、そのまま悪いことをやります。悪いかどうかは分かりませんが、悪行だとは薄々分かっていることです」
「では悪に染まる」
「はい、染まります。それで、これは居心地が悪いと思い、また戻ります」
「何処に」
「ですから、悪行を起こす前にです。でも既に悪いことをしたので、それは消えませんが」
「分かりました。それで、善行をやるようになったと」
「いえ、それは考えていませんが、善きことをやる気になればやるだけです」
「それが周法さんの修行方法ですか」
「だから修行でも何でもありません」
「あなたは人に教える気はありませんか。珍しい先生だ、うちの寺で教えてほしいもの」
「人に教える気はありません。それに伝わらないでしょうから」
「先ほどから聞いていると、普通にしているだけですなあ」
「はい、だから修行とかではありません」
「あなたは普通のことを普通に言っているだけ。うーむ」
「今日はお会いできて、嬉しいです」
「しかし、話らしい話もしておらん」
「いえ、お顔の表情や仕草や話し方で分かります」
「何と見た」
「それは言えません」
「まあ、よろしい」
「では、お邪魔しました」
「この寺まであなたの名は聞こえてくる。わしもどんな御仁なのか見られてよかったわい」
「如何でした」
「それは言えぬ」
「では御達者で」
「周法さんもな」
「あ、はい」
 
   了



2023年8月30日

 

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