小説 川崎サイト

 

動く

 

「時期は良いのだがね。丁度この時に動いた。それはいいのだが」
「何か不安でも」
「柴田だろ」
「はい、柴田様です」
「よく知っておるので、問題はないが、それほど懇意ではない」
「しかし、柴田様でもよろしいのでは」
「他にいないか」
「はい、この時期、柴田さんだけ前に出ております」
「不満だな」
「じゃ、やめられますか」
「今一つ心が動かん」
「役者不足とでも」
「役者」
「いえ、たとえです」
「好みの演者ではなかったと言うことだ」
「はあ。じゃ、今回は見送りますか」
「しかし、興味はある。乗っても良いのだが」
「ここで柴田様に乗ってしまうと、早まったとなるかもしれませんからねえ」
「早まってはおらんが、今一つ。もう一つの押しがない」
「私が押しましょうか」
「いや、強く押されても気が動かんだろう」
「やはり柴田様では駄目ですか」
「いい話を持ち込んでくれて礼を言うが想像が付く」
「柴田さんが出た場合ですか」
「あまり変わり映えせん。よくあることで終わるだろう。わしが望んでいるのは、それではない」
「では、何方がよろしいのでしょうか」
「そう聞かれてものう。動く可能性があるかどうかも分からんのでな」
「柴田様も動くとは思っていませんでした」
「やはり見送る。気が乗らん」
「でも、気にはなるはず」
「想像は付く。動いただけで終わるような感じがな。そしてよくある話になるだろう」
「どうも殿は柴田様と相性が悪いようですねえ」
「悪くはないがな」
「では肩入れしないと言うことですね」
「おぬしは柴田が良いか」
「いえ、それほどでも。でも動いたことは大したものだと思います」
「誰でも動こうと思えば動ける。しかし、一度動けばそれで終わり。戻れん」
「柴田様も決心されたのでしょう」
「あとがないからのう。柴田は」
「それで、仕方なく行動されたのですね」
「それだけのことじゃ」
「はい、分かりました」
 
   了

 


2023年9月3日

 

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