殺気
殺気だった若侍が松の木陰で休憩している。暑い盛り、日陰が少ない道。その下で座ってくださいと言わんばかりの木陰。良い日傘だ。
殺気だった若者は急いでいるようだが、暑さでバテ気味。水も飲まず、かなりの距離を歩き続けたのだ。これ以上は無理と思い、木陰で座ることにした。急にしゃがむと、目眩がした。
しかし、殺気だった目元の鋭さはそのまま。そういう目付きの青年かもしれないが、気合いに満ちている。側に寄っただけで、痛いものを受ける。
そこへ老人がやってきて、どっこいしょと腰を下ろす。目眩はしなかったようだ。立ち上がるときは分からないが。
若武者と老人は近い距離にいる。そのため、老人は一応挨拶をする。若侍も受ける。殺気を持ったまま。
しかし、この老人、それを感じないようだ。目が悪いのか、よく見えないのだ。さらに殺気という気配を感じないのは、鈍いためか、そういうものを跳ね返しているのか、または敢えて感じないようにしているのか、それはどちらかは分からないが、ただのぼんやりとした呑気な老人だろう。このへんの人らしく、旅姿ではない。
「幼友達の和尚が我を捨てろと未だに言うのですなあ。これは口癖でしょう」
老人は若侍を見ないで、独り言のように呟く。しかし、横でそんな声を出すものだから、すぐに分かるし、気になる。若侍の殺気は強まる。何か魂胆があるのではないかと。
「そういう和尚、己こそ欲張りじゃないかと言い返すのじゃが、それでも随分と捨てた方じゃと弁解する。捨てたと言うより減らしただけじゃが、どうでもいいものばかりで、大事なのは捨てていない。この和尚の我の本陣じゃな。本丸か。そこは守っておる」
長い独り言だ。これは若侍に聞かせるために言っているとしか思えない。若侍の頬がピリピリとする。そこが反応している。猫の髭があるところで、ここが感度が高いのだろう。
「私に」
「ああ、独り言じゃ、気になさらず」
しかし、気になる。
「その和尚さんは偉い人ですか」
「ああ、偉い坊さんだ。しかし長い付き合いなのでな、その本性はよう知っておる。結構小賢しくて臆病なやつだった」
「きっと修行されたのでしょう」
「ああ、表向きはな。しかし、わしには隠せんようで、わしの前では地金が出る」
「いい友をお持ちで」
「昔は悪友じゃったがな」
「そうですか」
若侍の殺気が少し薄まる、
それで、若侍の雰囲気が変わってきたのを老人も感じる。
若侍の鋭い目付きが丸くなっていた。目の筋肉を緩めたのだろう。吊り上がっていたのが下がった。流石にそれは老人にも分かる。
「さっきと違いますなあ、お顔が」
「はい、さっきとは違います」
了
2023年9月5日