小説 川崎サイト

 

放置

川崎ゆきお



 一種の緊張感が人を動かすようだ。
 緊張するのには理由がある。
 その理由も一種の不安だろう。
 ある不安が人を動かす。
 ただ、動いているのではなく、緊迫感をもって動いているのだ。それなりに真剣だ。
「最近ゆっくりしているようだけど、どうかしたのか?」
「そうかな」
「元気がなさそうだけど」
「どうして分かるの?」
「寄り合いに顔を出さないじゃないか」
「たまに顔を出してるよ」
「以前より減ってるぞ」
「そうかな」
「問題があるなら相談に乗るぞ」
「いや、別にない」
「最近、やる気、なくしてない?」
「そうかな」
「あいまいな返事だなあ」
「そうかなあ」
「以前はもっと積極的だったぜ」
「慣れたんじゃないのかな」
「組合の新しい方針ができたんだよ。君も参加してほしい」
「ああ、分かった」
「生死がかかってるからね」
「大袈裟な」
「どうしたんだよ」
「何が」
「他人事のように聞いてるからさ」
「そうか」
「やる気がみえないんだけど、大丈夫かい」
「ああ、大丈夫だ」
「何かおかしいなあ」
「そうかな」
「ほら、それがおかしいんだよ」
「そうかなあ」
「その返事がおかしいんだよ」
「分かった」
「ここで頑張れば、明日が見えるんだ。我々の生死がかかっているんだ。頑張ろうよ」
「参加はするよ」
「まさか…」
「えっ?」
「やりたくないの?」
「まあ」
「それじゃ、問題は解決しないじゃないか」
「その問題は、もういいんだ」
「抜けるの?」
「もう、その問題はなくなったんだ」
「なくなっていないさ。だから、新しい方針で打開しようと」
「僕の中から、なくなったんだ」
「辞めるってことか」
「解けない問題は放置するのも方法だと思う」
「よし。やる気のない人間は、もう寄り合いに来なくてもいいよ」
「ああよかった」
 
   了


2007年12月18日

小説 川崎サイト