小説 川崎サイト



禁じ席

川崎ゆきお



 誰も座らない席がある。
 席というほど固定した場ではない。
 五人家族で、子供二人とその両親。そして年寄りが一人。
 古くからある下町だが、この地方を襲った地震で家は半壊。その後、建て直した。
 その席はぽっかりと空いたまま、誰も座らない。
 そのことに関し、家族の誰も口にしない。
 その席は茶の間のホームゴタツにある。
 真四角な家具調ホームゴタツで、家族は朝夕そこに全員揃って食事をとる。
 ちょうど、ホームドラマで誰も座らない一辺が出来るのと似ている。
 そのホームゴタツは四人用で、五人座ると一辺に二人座ることになる。
 子供二人が並んで座り、母親と年寄りが並び、父親は一人で座っている。
 子供は小さいので、窮屈ではないかもしれないが、母親と年寄りは狭いところで並んでいる。
 空いている一辺に座ればよいのだが、母親も年寄りも、そこに座ろうとはしない。
 その席に座るとテレビが見られなくなったり、テレビの邪魔になるわけではない。茶の間にテレビはない。
 茶の間にテレビを置かないのは、会話が出来なくなるためで、父親が決めたことだ。
 テレビは各部屋にある。
 家族は朝夕、全員集合し、会話を交わしている。
 よく話をする家族だと言えるが、なぜ、あの席に座ってはいけないのかという話は一切ない。
 長女が一度座ろうとしたとき、年寄りが普段見せたことのない怖い顔で睨みつけたことがある。
 年寄りの連れ合いは、震災前に病死している。若死にだったと言ってもよい。その亡くなった連れ合いがいつも座っていた席ではない。
 父親の同僚が遊びに来たときも、その席には座らせなかった。
 その禁じ席を通ることは禁じられていない。母親は普通に掃除するし、二人の子供がたまにはしゃいでホームゴタツの回りを走ることもあるが、両親も年寄りも注意はしない。
 その前に座ることだけが禁じられている。
 震災後、数年で家を建て直したので、以前の間取りとは違っている。
 過去の忌まわしい痕跡があるとは思えない。
 長女が短大を卒業した年に、年寄りが亡くなった。病死である。
 長女は入院中の年寄りに、禁じ席のことを聞いていた。
 年寄りは座ってはいけない場所を作ったと答えた。
 長女は意味が分からなかった。
 そこは座ってはいけない場所で、家の中に、そういう場所があるほうが家が引き締まるらしい。
 長女は十年後結婚し、家族を持った。
 そして、禁じ席を作ることを忘れなかった。
 
    了
 
 

 

          2005年1月4日
 

 

 

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