小説 川崎サイト

 

コミュニケーション不足

川崎ゆきお



 よく分からない人間がいる。
 どんな人なのかが分かりにくい人だ。
 決してそれは謎の人ではない。
 職業も身元もはっきりしている。
 よく分からないのは、その人の本意がどこにあるかだ。
 つまり本心が分かりにくい人がいるのだ。
「本心?」
「そう」
「誰の?」
「君のだよ」
「本心って、何ですか」
「どうもうまくコミュニケーションができていないと思うんだ」
「はあ」
「君はいつも適当な顔をしている」
「こういう顔ですから」
「それだけじゃない。君はノーと言ったことがない」
「そうですか」
「それを私は素直だとは受け止めていない。命令に従うのは素直でよい。しかしだ。従い過ぎやしないか」
「ですが、上司の命には従うのが普通でしょ」
「そうなんだが…そうじゃないんだ」
「話を難しくしていませんか?」
「そうなんだがね。じゃ、聞くが、君は本心から私の命に従っているのかい」
「はい、本心からです」
「そうじゃないだろ。それはおかしいじゃないか」
「えっ、上司の命令に従うのがおかしいのですか」
「それはおかしくはない」
「では、何が問題なのでしょうか?」
「君の本心が見えないんだ。すべてがイエスなのでね」
「僕に間違いがあれば反省します」
「間違いというほどのことじゃない。君はロボットか?」
「はあ?」
「機械か?」
「僕は人間です。ロボットじゃありません。見れば分かるじゃないですか」
「私の指示で、嫌なこともあるだろ。私の命令が検討外れだと感じていることもあるだろう」
「ありません」
「ない?」
「はい」
「どうして」
「部下は上司に忠実に従うものだと思うからです」
「それは嬉しいがね。どうも気味が悪いんだ」
「気味?」
「腹の中で何か考えているはずだ」
「腹で考えるのですか」
「腹でも胸でもいい。本心があるはずだ。君はそれを隠し通そうとしている」
「そうなのですか」
「もういい。君とは話しが出来ん。意志の疎通だ」
「一体何なのでしょう?」
「だから、もういい」
「はい。申し訳ありませんでした」
 
   了


2007年12月20日

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