小説 川崎サイト

 

はいどうぞ

 

「涼しくなりましたなあ」
「鈴虫も鳴いてます」
「涼虫ですな」
「夏でも鳴いてますが、今頃の音が澄んでいて良いかと」
「そのうち彼岸花も咲くでしょなあ」
「はい、夏ともお別れです」
「過ごしやすくなって良いのですが、何故か物悲しい」
「出ましたね。十八番の物悲しいとか、いと淋しいとかが」
「ああ、口癖です」
「真夏でも使ってましたが」
「全てのもののには悲しさや寂しさがあるのですよ」
「侘しいとかは」
「それは貧乏だから。しかし、質素なものに憧れるかもしれませんね。物持ちは」
「もっと欲しがるんじゃないのですか」
「それが面倒になるんでしょ」
「ああ、なるほど。そんな身分になったことはありませんので、よく分かりませんが、道具に凝り出したことがありましてね。同じようなのをいくつも集めた」
「ほう」
「しかし、満足を得るものは見付からないので、さらに集めていましたよ。どれも普通に使えば使えるんですがね。より以上のものが欲しかった。あの道具にはできるのに、この道具ではできないというのがありましてね。できないわけじゃないけど切れが悪いとか。その逆もあります」
「何か、語り始めたようですが、長くなりますか」
「短いです」
「じゃ、どうぞ」
「両方兼ね備えた道具があるはずだと探したのですが、それは無理なんです。存在しないことが分かりました。矛盾してますからね。それで」
「そこで終わりですね」
「はい、それで、一つだけ残して、あとは売却したり、人にやりました。まだ、残っていますが、放置したまま」
「そこで終わりですね」
「あと、もう少し」
「どうぞ」
「物持ちほど物を捨てるというのが分かる気がします。いっそないほうが清々するとか」
「しかし、道具よりも、それを探しているときのほうが楽しかったのではありませんか。おっと話を長引かせそうな問いかけでした」
「いや、切ります。このへんで」
「そうして頂くと、都合が良い。次は私の番ですから」
「番?」
「喋る番です。残り時間が少ない。あなた、語りすぎたんですよ」
「すみません。延長しても結構です」
「いや、長話にはならないので、大丈夫です」
「はい、ではどうぞ」
「あれは私が子供の頃から大人になるまでの間に起こった様々なことで、それを一つずつをお話ししていこうと思うのですが」
「大長編じゃないですか」
「長い話ほど短い」
「そうなんですか」
「じゃ、語り始めます」
「あ、はい、どうぞ」
 
   了



 
 


2023年9月23日

 

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