小説 川崎サイト

 

釈迦に説法

 

「今日は人の生き方について教える。山田君、言ってみなさい」
「え、何をですか」
「人の生き方はどうあるべきかを、どう考えておるのかを聞いておる」
「はい、食べて寝て」
「それだけか」
「一寸楽しいことをして、苦しいことはできればないようにしたいです」
「悪くはないが、何か、君らしいものはないのかね」
「僕がやるので、僕らしいと思いますが」
「他の人もやっておるでしょ。そのレベルなら」
「でもやり方が少し違うと思いますし。ウェイトの掛け方も多少は違うかも」
「そのレベルではなく、もう少し上のレベルでないとね。だから、そこを私が教える」
「あ、はい」
「人は何のために生きておるのかだな。先ずはここは押さえておく必要がある」
「さっき押さえましたが」
「それじゃなく、もう少し上のレベルだ」
「その上がまだあるのですか」
「たとえば生きがいだ」
「だから、一寸楽しいこともやりたいので、そこが生きがいになるのでは」
「何だね。その一寸楽しいこととは」
「色々です。ゴチャゴチャとあります。際限なく」
「それが災いの元になるかもしれないねえ」
「一寸した楽しみぐらい、いいでしょ。一寸だけ高くて美味しいお菓子を食べる程度ですよ。おやつはいけませんか?」
「そんな細かい話をしているんじゃない。君の生きがいはおやつか」
「おやつもその中の一つかもしれません」
「では苦しいことではどうだね」
「これは避けたいです。そうならないようにしていますが、何処で災難に遭うかは分かりませんから、こればかりは何ともなりません。諦めるしか」
「人が生きると言うことは、人間らしく生きることでもあります」
「ずっと人間、やってますが」
「人の皮を被ったバケモノもいるぞ」
「人の皮、誰かのを剥がしたのですか。汚いですよ。それに剥がされた方は痛いでしょ。ああ、もう死んだ人の皮ですか。それならいいけど、それって、誰が皮を剥がすのでしょうねえ。それに人の皮など剥がしては駄目でしょ。食べるわけじゃないのですから。それなら人喰い族だ」
「随分と言ってくれたね」
「そうですか」
「本当に剥がして、化け物が被っているわけじゃない」
「そうですね。その化け物って、何者ですか。人じゃない獣とかですか。でも皮は人型なので合わないんじゃないですか。四つ足だと」
「山田君」
「はい」
「君はそっちの話が好きか」
「いえ、疑問に思ったので」
「思うところが違うねえ。何も本物の化け物が人の皮を被っているんじゃない。そんなこと分かりきったことじゃないか」
「そうですね。知ってました」
「だから、私が言いたいのは、えーと」
「忘れたのですか」
「何か言おうとしていたんだが、君が茶化すので、忘れたではないか」
「人間らしく生きるという話でしょ」
「そうじゃ。それじゃ」
「人としてレベルの高い生き方。これだね」
「人間にもレベルがあるのですか」
「妙なところに展開させて行かんぞ」
「はい」
「そうではなく、高尚な生き方。これだな」
「じゃ、低い生き方もあるのですね」
「また、茶化すつもりだろ」
「いえ、普通に聞いています」
「馬に念仏、釈迦に説法だ」
「僕は釈迦でしたか」
「一寸言い間違えた。君は茶化すので嫌いだ」
「あ、はい」
 
   了


2023年10月7日

 

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