小説 川崎サイト

 

豆腐小僧

 

 一つ目の小僧が、豆腐を水に浸した鍋を持って通っている。
 すわ、化け物と思い、剣士が斬ったが、豆腐のように歯応えがない。スカスカだ。従って幻想。幻を斬ったことになる。
 そのことを師匠に言うと、修行が足りぬからそんなものと出くわすのじゃと、叱られた。果たして修行と関係しているのかどうかは疑わしい。この師匠、何かあるとすぐに修行が足りないを持ち出す。
 その師匠、夜道を歩いていると、先ほどの一つ目の小僧と出くわした。やはり豆腐を入れた鍋を両手で大事そうに持っている。鍋いっぱいに水を張っているため、こぼさないようにするのは大変だ。
 水の量が多すぎたのではないかと思うのだが、果たしてその小僧、その豆腐、何処で求めたのだろう。夜中開いている豆腐屋などないはず。
 師匠はそれにいち早く気付いた。この鍋や豆腐も幻覚。この世のものではない。だから斬りつけてもスカスカだろう。鍋を含めての幻覚。この世のものではない。
 しかし、小僧には重力があるのか、草履はしっかりと地面に付いたり離れたりしている。幻覚なら宙に浮いていてもいいはず。
 師匠は試しに足元を払うフェイトを掛けた。すると小僧は、それを避けようと、後ずさった。その時、鍋から水が落ちた。
「あ」
 と、小僧は叫んだ。
「水が大事か」
「はい。こぼさないようにと和尚さんに言われましたので」
 師匠はこの近くの寺を知っているので、その和尚も当然知っている。あの和尚、化け物使いだったのか。
 だから使いをする小僧がいてもおかしくはない。それに夜中に豆腐を何故食べる。酒の肴かもしれない。
 師匠は和尚の名を言ったが、どうも違うようだ。それで、何処の寺の使いかと、聞いてみた。
「もう以前のことなので忘れました。確かに頼まれたことは覚えていますが、私はずっと豆腐を運び続けています。それしかやってません」
 やはり化け物だと判明したが、何故か哀れを感じた。
「そうか、ではここを通す。運べばいい」
「有り難うございます」
 一つ目の小僧は礼を言いながら、そっと師匠の横をすり抜けた。
 当然、師匠が後ろを振り返ると、そんなものはいない。小僧の後ろ姿を見たかったのだが、その絵はなかった。
 ただ地面にポツリポツリと水が落ちていた。
 それと師匠は一つだけ気に掛かっていることがある。それを聞くのは忘れていた。
 何故一つ目なのかと。
 
   了

 


2023年10月19日

 

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