小説 川崎サイト

 

落ち武者

 

 坂道を越えたところで、下りの道が見える。そこをおびただしい数の武者。ただ騎馬はいない。鎧武者が大勢登ってくる。
 ハイキングに来ていた竹下は驚く。これを驚かないで、何を驚くのだ。鎧武者、こんなところで行事などやっているはずがないし、何かの撮影なら、それなりにスタッフがいるだろう。後にいるのかもしれないが、坂を登るところを正面から写したいはず。それともリハーサルか。
 その考えは、救い。そうであって欲しいとの願い。どう見ても鎧武者が登ってくるのだが、勢いがない。鎧に血が付いているし、怪我をしているのもいるが、必死で坂道を登っている。
 竹下は見てはならないものを見たのだろう。見えるはずのないものを。
 ただ、見えなくてもいるものではない。最初からそんな武者などいないのだ。
 落ち武者だろうか。それなら馬にまたがっているのもいるはずだが、馬の姿は見えない。
 では、なぜここを登ってくるのだろう。
 既に戦闘があったようなので、奇襲を掛けるため、ここを通っているのだろうか。道が険しく、途中で切れていることがある。ハイキングコースなので、そんなもの。
 下村は後方を振り返った。今まで登ってきた坂だ。武者とは反対側。お寺があり、さっきまでそこで休憩していた。
 寺と関係するのだろうか。
 やはり彼らは落ち武者で、寺を目指しているのかもしれない。いったんその寺で立て直すのだ。怪我人もいるし。
 下村は坂道の頂上にいる。前へは進めない。落ち武者が登ってくるので。
 仕方なく寺へ戻ることにしたが、その寺が武者達の目的地だったら、同じこと。しかし、そんな武者などいるわけがない。
 寺の人なら、何か知っているかもしれないと思い、やはり寺へ戻ることにした。
 昔、この近くで戦があり、その時に落ち武者が、出たのかもしれない。
 下村は坂道をスタスタと下っていったのだが、振り返ると落ち武者の姿が見える。坂の上にもう辿り着いているのだ。
 坂道が平坦になり、しばらく行くと、寺が見えてくるはず。
 しかし、見えない。
 もっと遠くだったのかと思い、沢沿いの道を進むが、それらしい建物がない。
 寺が消えるわけがない。そこで草餅を食べのだから、消えたのなら、胃の中の草餅も消えるだろう。消化するにはまだ早い。しかし、本当に食べたのだろうか。
 そうこうしているうちに落ち武者が近付いて来た。
 一人の足軽が駆け寄ってきた。
 下村は逃げようとしたが、足軽は手で制した。危害は加えないと言うことだろう。
「このへんに寺があるはずなのじゃがな、おぬし知らぬか」
 下村が聞きたかったことだ。
 やはり落ち武者達は寺を目指していたのだ。
「さっきまで、あったのですが」
「ああ、じゃ、あるんだ」
 足軽は隊列に戻り、それを伝えた。
 下村は当然、その場を離れ、ハイキングコースを逆戻り状態で逃げた。
 そして、寺があった場所から少し戻ったところで、紙を取り出し、前方落ち武者注意と書き、木に貼り付けた。
 また、寺にも注意と、書き加えた。
 
   了



2023年10月29日

 

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