小説 川崎サイト

 

年貢を払わない百姓

 

 古い村なので、いろいろと経緯がある。
 村内で年貢を払っていない百姓がいる。田んぼを持っていないわけではなく、普通の百姓のように田畑を耕している。ただし、田ではなく畑だけ。これは吉岡家だけでできるため。百姓なのに姓がある。しかもこの村は吉岡村。
 その吉岡家の畑、決して広くはない。年貢は米で払うのだが、米を作っていないので、払わないのではない。
 この時代は村単位で年貢を払う。庄屋とか名主と言われている大百姓がとりまとめる。庄屋であると同時に役人。ただし村役人なので。武家ではない。庄屋もただの百姓だ。
 庄屋は吉岡に米を作ってくれとは言わない。共同作業がいやなのだ。では米の代わりに何か納めればいいのだが、それもしない。野菜を売った金子でもいいのだ。
 しかし、そんなことは代々吉岡はやらないし、また庄屋も催促しない。またこの地を治めている領主も黙認。あえて詮議しないし、そんな一農民のことなど関知しないだろう。
 だが、領主は吉岡を知っている。そのため庄屋と同じように、何も言えない。
 年貢を吉岡家に払うのは今の領主の方なのだ。
 この吉岡家、都から一歩も出たことのない家柄で、公家。吉岡村や近郊を荘園にしていた。だから吉岡一帯の領主だったのだ。だから吉岡の名が村についている。
 そこからの年貢、それを管理していた者がそのままネコババし、荘園を奪ってしまった。そういうときは朝廷は軍を差し向けるはずなのだが、そんな兵はもうなかった。
 さらにその公家、都で困り、都落ちした。そして食い繋ぐため、自領へ入った。そこを実効支配していた者は領地は返せないが、田畑を与えるので、堪忍してくれとなる。そして年貢は払わなくてもいいと。当然だ。年貢を受け取るのは吉岡なのだから。
 しかし、都落ちし、頼るべき勢力なかったので、とりあえずは、何とかなった。
 また、後ろめたいところがあるのか、荘園盗人の支配者は米や野菜などを届けた。吉岡家は百姓などしたことがないので、何も作れないのだ。
 そのうち作れるようになるが。米だけは避けた。大勢の百姓たちと一緒に作業しないといけないため。
 そういう農家がぽつりと吉岡村にある。見た限り小さな農家で、村八分にでもあっていそうな家だが、荘園時代からの百姓たちは、吉岡家は領主様なのだ。
 吉岡には欲がなかったようで、領地を戻せとは言わなかった。無理だと分かっていたのだ。
 公家のたしなみで、歌を知っているし、読み書きも当然できるし、百姓などに関係のない作法も心得ていた。それを代々子に伝え、公家としていつ都に戻ってもいいようにした。
 しかし、そんな日は来なかったが、吉岡村での待遇は都での公家暮らしよりも楽だったようだ。
 
   了


2023年11月6日

 

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