小説 川崎サイト

 

理想のお年寄り

川崎ゆきお



「穏やかな日々を送りたいですなあ」
 誰が見ても穏やかそうな日々をおくっている老人が言う。
「それ以上穏やかになるには仏様にでもなるしかないですよ」
「死んじゃおしまいだよ」
「あの世は穏やかかもしれませんよ」
「あの世が穏やかでも、わしが穏やかじゃないと穏やかな日々とは言えんじゃろ」
「でも、平田さんは充分穏やかですよ」
「そうかのう」
「羨ましい限りですよ。そういうお年寄りが理想的なんですよ。穏やかな老後ではありませんか」
「暴れたいんじゃがな」
「暴れると穏やかにはなりませんよ」
「暴れたい気持ちを押さえるのが苦しい。これ、心穏やかとは言えん」
「暴れるって、何をやるのですか」
「平穏すぎて退屈なんじゃ。刺激が欲しい」
「それは困りましたねえ。でも、そんなことを思うだけのことでしょ」
「思うだけじゃなく、機会があれば暴れたい」
「暴れるって、どんな感じなんです?」
「乱暴狼藉じゃ」
「そんなこと、平田さんの人生の中でありましたか」
「ああ、若いころは暴れまわった」
「そういうふうには見えないですが」
「内心暴れたいのじゃよ。それが出来んのは性格かもしれんなあ」
「ですから、大人しい性格なのですよ」
「大人しいげな性格なら暴れる気もおきんじゃろ」
「でも、穏やかな暮らしが好きなのでしょ」
「好きかどうかは、分からんさ」
「では、少しの刺激が欲しい?」
「そうかのう」
「だったら、旅行にでも出て羽目を外せばどうですか」
「それなら、普通じゃないか」
「そうですね。暴れるのと少し違いますねえ」
「そうじゃ」
「では平田さんが暴れるとは、どういう内容でしょうか?」
「内容?」
「何をやりたいかです」
「そこらへんの人間をどつき倒してやりたい」
「はあ、確かにそれは乱暴狼藉ですねえ。でもドラマがないですよ。物語性もないです」
「だから、出来んのだよ」
「まあ、平田さんは町内でも理想的なお年寄りなので、穏やかに年をとってください」
「ああ、つまらんのう」
 
   了


2007年12月25日

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