小説 川崎サイト

 

満足を得る

 

 好貴寺の長老が真理を得たようだ。悟ったのだろうか。しかし呆けてはいない。表情にも喜怒哀楽があり、感情も露骨に出る方だ。これは悟っていないはずだが、得た真理とは何だろう。
 好貴寺近くの城主が興味があるのか、酔狂なのか、聞きに行った。
「真理とはどのようなものでございますかな。おそらく言葉で言い表せぬと思われますが、あえてお話下されまいか」
「満足」
「はあ」
「満足を得ること」
「ええ、それが真理でございますか。それはまた分かりやすい。そのままでございますなあ。私にも思いつきそうなことですが、そんな簡単なものではないと思い、見逃しておりました」
「お殿様はそういうことを思うのがお好きですか」
「はい、お好きです」
「では、満足を得るというのでは不足でしょ」
「しかし、思い当たることがつつありますので、そうかもしれませんなあ。それに面倒なことを思わなくてもいいし」
「不満なら満足を得るように動く。それだけでしょ」「人が生きていることとはそういうことなのですか」
「あなたも城を任されているだけではなく、持ち城が欲しいでしょ。一国一城の主になるのが望みでしょ」
「そうです。城主といってもただの家来。意のままにはなりません。それにいつ別の役目を仰せつかるか分かりません」
「不満ですか」
「いえいえ、城主になれたのですから、満足です」
「次の望みはないのですか」
「本当の城持ちになりたい」
「不満だからでしょ」
「一カ所で根付きたいのです。今はこの地にいて好貴寺にもすぐに行けますが、遠く離れた城にいつ行かされるか分かったものじゃない」
「やはり不満なのですね」
「大きな声では言えませんが。それに私が欲張りなだけ。今の地位でも十分ありがたいですし、満足しておりますが」
「しかし、少しは不満」
「それを言い出すときりがありませんからなあ」
「では、真理をお教えしたので、もういいでしょ」
「あ、長居しました」
「それほど長くはありませんが、これ以上話すことはありません」
「満足を得るということでしたね」
「童でも知っていることでしょ」
「はい」
「何が満足なのかは、人によりけり。つまらないことでも、損をすることでも満足を得たりするもの」
「はい、肝に銘じます」
「この真理、満足を得ましたか」
「いいえ」
「あ、そう」
 
   了



2023年11月14日

 

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