小説 川崎サイト

 

釘と針

 

「吉原様の評価が高いようですが」
「それはまずいなあ」
「よいことでしょ」
「今、目立ってはまずい」
「いずれ表舞台に出ます。しかも大きな勢力になって」
「今、目立つと、それもなくなる」
「出る杭は打たれると言うことですか」
「打つやつもおらんだろう」
「だったら、今のうちから評価されるのがいいのでは」
「前評判は、まだ先。そうでないと吉原も窮屈だろう」
「そうなんですが」
「噂を気にするのでな」
「それにふさわしい人物かと思われますが」
「今、名は低くてもいい。目立たぬこと」
「やはり吉原様の世になると、あなたも思われているのですね」
「狭い世じゃ。点のようなもの。しかし、ここが我らにとっては全てだからな」
「そうですねえ。ここで首座をとっても田舎者の村自慢。そこで本家だ分家だと言っても他国のものから見ればどうでもいいことでしょうねえ」
「そうじゃ、ここでは首座は尊い。名誉あることだし、これ以上の地位はない」
「他国ではゴロゴロといくらでもありますからね」
「雷のようにゴロゴロとな」
「腹が減ってゴロゴロとかも」
「そう、いくらでもあること。しかし、ここで首座に就けるものはいくらでもできることではない」
「時期もありますしね」
「吉原はもう少し後じゃ。今狙うとしくじる」
「はい」
「長老のようにですか」
「そう、わしがその例じゃ」
「でも長老です」
「首座を経験していない長老なので、一番下じゃ。差が出る。だから、首座を取らんと、その後に関わる」
「長老は吉原様を大事に育てられているのですね」
「だから、今は目立つなと伝えておけ」
「まだ、お若いです」
「勢いがあるからのう。それが首を絞める。静かに控えておれば首座は回ってくる。わしらが何とかするのでな」
「でも、いい評判が立っています。前原様も機嫌がいいようです。図に乗るなとは私からは言えません」
「釘を刺すだけでいい」
「どんな釘を」
「鍼医者を紹介しよう」
「釘ではなく、針ですか」
「うむ」
 
   了


2023年12月2日

 

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