トナカイ
川崎ゆきお
「真っ赤なお鼻のトナカイさんはもういないねえ」
年が明けていた。
「ジングルベルも消えてしまった。あれは、何だったのかねえ」
「クリスマスだよ。お爺ちゃん」
「サンタはいいとしても、トナカイが気になる」
「日本にはトナカイなんていないんじゃないの」
「北海道にもいないか」
「蝦夷鹿ならいるかも」
「詳しいじゃないか」
「テレビでやっていた」
「それがトナカイじゃないのか」
「知らないよ」
「トナカイがいなくなった」
「まだ、言ってる」
「鹿でもいいから見たい」
「山に行けばいるよ」
「そこまでは行けん」
「じゃ、動物園。そこならトナカイも鹿もいるかも」
「違うんじゃ。町でないとな」
「奈良の鹿なら、町にいるよ」
「それは鹿じゃろ。トナカイじゃない」
「どっちでもいいって言ったじゃないか」
「ソリをひっぱとるトナカイが見たいんじゃ。いや、見たいわけではないが、年末、ぎょうさんおったような気がする。それがあっと言う間に消えたのじゃ」
「トナカイなんて、いなかったよ」
「いたさ」
「クリスマスの飾り付けじゃないの」
「おお、そうかもしれん」
「クリスマスが終わったから、もう仕舞ったんだよ」
「いや、夜中にトナカイが走っておった。真っ赤なお鼻のトナカイさんじゃった」
「夢を見ていたんだよお爺ちゃん」
「トナカイは怖い目をしておってのう。隙あらば襲いかからん風情でな」
「角が怖そうだね」
「それそれ、あの角で突かれたら、おしまいじゃ」
「じゃ、いなくなってよかったじゃない」
「怖いが、消えてしまうと淋しい」
「また、来年来るよ」
「そうじゃな。春になればトナカイのことなど忘れておるじゃろうなあ」
「僕は獅子舞が怖いよ」
「そうか、そうか、可愛いものだ」
「トナカイよりも怖いよ」
「あれは作り物じゃから、何ともないんじゃ」
「じゃ、トナカイは？」
「おまえも年をとるとトナカイの恐ろしさに気づくわな」
「ふーん」
了
2007年01月05日