小説 川崎サイト

 

できないはずのもの

 

 これなら絶対にできると思っているものではできず、これはできないだろうとやったものが意外とできたりする。できやすいと思っていたものではなく、できにくいと思ったもので。
 だからできすぎた話ではなく、できない話に近いものが実際にはできたりする。当然できる可能性が高いものほどよくできる確率は高いのだが、できるはずのものができないこともあるのは確か。
 できる、できないの結果は実際にやってみないと分からない。これはものにもよるし時期にもよるし、そのときの調子にもよるし、認識のようなものや、意気込みなどにも左右される。
 だからできるはずのものは純粋にその状態だけを抜き出しているのだろう。タイミングが入っていない。しかし、できやすいものはできやすいのには変わりはない。
 意外とできたというものは、その意外性がプラスとなっている。できるできないのきっかけ、ポイントとなるところに意外性があったのだろう。思っても見なかった状態が効いている。それで一気にできてしまったのだから。
 案外予想通り行かないのは、予想できているためだろう。できなくて当然は受け入れやすいし、分かりやすい。だが、できるはずのものができないと一寸困る。
 できると次へ進めるが、できないと止まったまま、または次回と言うことになる。できるはずのものだと進めるはずなのに進めないというのが起こる。できないと思っているものは現状維持で、できないと思っているだけにそれほど気にならない。ただの過程程度に思っている。
 そこでは、できなくてもいいという頭が最初からある。だから、できなくてもいいことをやっているので、気が楽だ。
 しかし、できないと頭から思っているものができると、これは嬉しい。できると思っていたものができた時よりも。
 できる、できないを分けているのは本人。その基準は正しいとしても、リアルは別。何が起こるのかが分からないのがリアル世界、現実世界だ。
 まあ、それほど違うことにはならないが、たまに違ったりする。
 できると思っているもの、それは以前に決めたこと。また以前に思っていたことだろう。その以前と、今とでは多少違っているはず。
 だからできるはずのものの基準も変えないといけないが、これはフィールドバック式に勝手にやっているのかもしれない。
 これはできないだろうと思っていたこと、それは上等なものではなく、少し弱いものが多いのだが、それができたとすれば、範囲が広がる。だから今まで無視していたようなものの中にもそういう可能性はある。ただかなり低いが。
 想像と実際。ギャップがある。当然のことだが、体験しないと分からない。
 
   了


2024年1月13日

 

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