小説 川崎サイト

 

ニュウメン

川崎ゆきお



「ソウメンありますか」
 大衆食堂の客が聞く。老人だ。
 老人は昼間からビールを飲んでいる。
「ソウメンですか」
 昼時だけ手伝いにくるパートの主婦が対応する。
「聞いただけじゃから」
「うどんとそばはやっていますが」
「じゃ、天麩羅蕎麦と焼き飯。焼き飯は少ない目にな」
「はい」
 昼時が過ぎ、客の波も引いた。パートの主婦はもう帰る時間だ。
「ソウメンは夏場ですからねえ」
 しかし、この店は夏場もソウメンはやっていない。
「ニュウメンがあるじゃろ」
「ありますねえ」
 温いソウメンだ。
「今の若い人はソウメンを食べぬのかのう」
「そうですか?」
「ニュウメンと言っても知らん奴がおる」
 老人はソウメンかニュウメンを食べたかったようだ」
「駅前に一軒だけニュウメンを出す店がある。えーと、何と言ったかなあ、名前を忘れた。駅ビルと商店街に店を出しとる店だ」
「そうなんですか」
 老人は運ばれてきた天麩羅蕎麦と焼き飯を交互に食べている。
「聞いただけのことでな。大意はない」
「はい」
「あそこの店で肉を食べたんじゃが」
 老人は窓の向こうにある韓国風焼き肉店を指出す。
「肉をのう、ひっくりかえす必要がないんじゃ。上からも火が出ておる。壷焼きじゃ」
「そうなんですか。入ったことありません」
「昔人間なのでな。ひっくりかえすものじゃと思いこんどった」
「ひっくりかえすと、つぶれそうになりますねえ」
「肉はならんじゃろ。それは安物の魚じゃろ」
「パートの主婦は相手にするのをやめた。もう時間を過ぎていた。
 話し相手を失った老人は黙々と食べ出した。
「なあ大将」
 厨房の主人へ声をかける。
「なあ大将。あの焼き肉屋、結構いけるんだ。ひっくりかえさないでいいからうまく焼けるのかねえ」
 返事はない。
「あそこはねえ、ニュウメンはないが、ラーメンのようなビーフンがあるんだよね。あれはいいねえ」
 やはり返事はない。
 
   了


2007年01月07日

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