小説 川崎サイト

 

最善を尽くす

 

「最善を尽くしたのかね」
「そうですねえ。それなりに」
「それなりにか」
「はい」
「必死でやったのか」
「そこまでは」
「では最善を尽くしたとは言えん。手を抜いたな」
「抜いていません。やるべきことはしました」
「しかし、失敗した」
「あ、はい」
「やる気がないからだ」
「ありますよ。だからやりました」
「手ぬるかったんだ」
「そうかもしれません」
「素直に認めたな」
「でも、無理だと思い、途中で引いただけです」
「逃げたな」
「最善を尽くしてもできそうにありませんでしたので。無駄だと思いまして」
「最善を尽くしたのなら、褒めてやるところだ。しくじってもな。しかしお前は途中でやめた」
「でも、無傷です。無事に戻って参りました」
「少し苦戦した痕跡が欲しい」
「苦戦になるのが分かっていましたので」
「少しは苦しんで欲しかった」
「どちらなんでしょうねえ」
「何がじゃ」
「傷ついて戻ってきた方がよろしいのですか」
「まあな」
「全員無事で戻ってきたのでは駄目なのですか」
「だから叱っているのじゃ。そしてわしが上から叱られる。なぜなら無傷で逃げた」
「ああ、そういうことですか」
「感心しておる場合じゃない。もっと熱心にやりなさい」
「最善を尽くすのですね」
「そうだ。分かりきったこと」
「でも、無理だと思い、引いたのは最善の策だったと思いますが」
「ややこしいことを言うでない」
「つまり、無理な戦いに出したのでしょ」
「無理じゃない。勝てる相手だ」
「でも強かったですよ」
「そうか」
「知らなかったのですね」
「何を言い出すのだ。わしが無謀な戦いに送り出したように言うな」
「無謀だったのです。それを私がとっさに判断し、逃げたのです。負けますからね」
「わしに意見する気か」
「いえ、事実を言っています」
「わしも知らん」
「え、何をですか」
「この策を立てたのは上の連中だ。わしは知らん」
「あ、そうですねえ」
「おかげでわしは無能者になってしまう。臆病者で、怖いので逃げたとな」
「申し訳ありません」
「責任はわしにある。負けたことのな」
「あ、はい」
「だからわしが上から責められるだろう。だから、せめて最善を尽くして戦って欲しかった」
「そんな理屈があるのですか」
「まあな」
「ご苦労様です」
「これから上の連中に叱られに行ってくる。わしの戦いはこれからじゃ」
「上手く言い訳してください」
「ああ、最善を尽くす」
「あ、はい」
 
   了

 


2024年2月8日

 

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