小説 川崎サイト

 

巫女と行者

 

 狭い盆地。細長く、そこに骨の多い魚の身があるような土地。
 渓谷ほどには狭くはなく、周囲の山々も低い。村人が始終入り込む里山のようなもの。
 そこに神社があり、村の神社。そして木々に囲まれた神殿前で村人が願い事をしている。神社の主の娘が巫女姿で、神降ろしの最中。
 しかし、その巫女、そんな素質はなく、型どおり演じているだけ。これだけでも見栄えがあり、神事を行っているように見える。
 村に困りごとが起こり、何度もこれをやっている。今回こそ悪いものが消えてくれるようにと。
 しかし、これは効かないだろうと村人はもう諦めている。何もしないよりもやった方がまし程度。そのため、よそ見している村人もいる。
 その目に、行者が映る。境内に入り込んできた旅の行者だろうか。見かけない老人だ。
 そして行事が終わり、ざわつきだしたとき、行者が神殿前まで来た。巫女と神主がいる。
 村人たちは世間話をしている。これは疫病かどうかは分からないが、悪い病が村にはびこっている。その症状などを話しているのだ。誰かは回復したとか、誰かが新たに罹ったとか。
 行者は神主を見る。神主も行者を見る。
「何かお知恵でもありますか」神主が聞く。
「村神様では無理じゃ」
「ほう」
「土地の神様でないとな」
「はて、何処に祭られておるのでしょ」
「ここにはないようじゃな。土地神様、地神様、地主様じゃ」
「うちにはありません」
「村ができるまでいた神様じゃ」
「何処におわします」
「この一帯だろう。この盆地全体かもしれんなあ。山神様と接するあたりまで」
「では、その地主様にお願いすればいいのですね。この神社ではなく」
「しかし、場所が漠然としておる」
 村人も興味を示したようで、是非この行者様に頼んで、何とかしてもらった方がいいと、神主に頼んだ。
 神主は、おおよそのことは分かっていた。こうやって村人を騙す輩がいることを。
 行者がそれを察してか、礼はいらぬと先に言う。そして地神様と接触できる場所を探すのに日数がかかるので、しばらくここで滞在したいと。
 神主はその手に出たかとにやっとした。そして娘の巫女に耳打ちした。
 急に巫女の様子がおかしくなり、妙な動きを始め、奇声のようなものを発した。その才がないはずの巫女だが、何かの神様が降りてきたとしか思えない。村人は行者よりも、巫女を見に行った。
 行者はほったらかしにされ、相手がいなくなり、棒立ち状態で遠くから巫女を見ているだけ。
 そしてもう行者を注目する村人はいなくなったのを知り、境内から退散した。
 行者は巫女に降りてきたのは神様ではなく、得体の知れぬものが憑いただけだと言いたかった。それを退治してあげましょうとも考えたが、信じてもらえないだろうと諦めた。
 巫女はすぐに元に戻った。神託も何もない。そんなものなど降りてこなかったのだから。
 神主が巫女にそっと命じただけのことで、行者の目をそらすため。
 その後、流行病は治まった。村の神様が願いを聞いてくれたからではなく、自然と収まる時期になっていたのだろう。
 行者の扮装をしていたその物乞いは、他村へと向かった。
 神主の娘は、もう巫女の振りはしたくないので、今回限りにしてくれと頼んだ。
 
   了


2024年2月15日

 

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