小説 川崎サイト

 

姫の人形

 

「筋者ならできると申すのじゃな」
「という噂でございます」
「姫の人形に呪いがかかっておるらしい。憑きもの落としに頼んだが、さっぱりじゃ。抜けん」
「三人ほどですか」
「ああ、三回やってもらったが、抜けん。やはり筋者でないと無理なのか」
「そのように伺っております」
「探し出して、来てもらえ」
「それがどこにいるのか、誰がそうなのかも分かりません」
「では、その方はどうして知っておる」
「我が領内に住む農婦です」
「その者に聞き出せ。何処におるのかと」
 家老は農婦を訪ねたが、恐れ入ってしまい、悪いことでもしたのかと思い、明かさない。そんな心配はないので、筋者について話して欲しいと、褒美を先に与えた。
 農婦は多能村の善助を教えた。
 善助にも分からないのだが、それをずっと監視している家があり、そこの人が知っているはずだと教えた。
 その人、隣村の庄屋だが、分家していた。
 九内という姓もある。
「筋者に詳しいと伺ったが」
「香野様の血筋ですな」
「香野。女人か」
「その血筋の女人を記録するのが我が家の勤め」
「ほう」
「香野様とは巫女か」
「そのような者です」
「では香野様の娘でもいいのだな」
「香野様もその娘さんももう遠い昔の話。香野様の前は分かりません。古い話ですので。しかし香野様は筋者だと分かります。その娘さんも。そして嫁ぎ先で女の子が生まれ、その子も嫁に行き。別の家の者になりました。その血筋を私は記録しておる者です」
「うむ」
「血筋の娘が嫁ぎ先で婿養子をもらい、その家を継ぐこともあります。また子供が二人も三人も生まれ、いずれも何処かに嫁ぎます。その全記録がここにあります。今もそれは続いています」
「その血筋の者なら、誰でもいい。呼べる女人はおるか」
「その血を受け継いでも亡くなられたり、子が生まれず、そこで果ててしまった筋者もおりますが」
「説明はいいので、連れてきてくれぬか」
「はっきり分かっていますのは三人。なかでも喜代香という人はまだ若く、そして隣国の曙村にいます。すぐにでも呼べましょう。あとは遠方か、または年老いております」
 早速喜代香が呼び出された。
 喜代香は知っていたし、また母親からそれなりのことを習っていた。しかし、そんなものは使う機会などなかったが、ヘビが逃げないとか、鳥はかなり遠くにいても飛び立つ。
 家老は姫の人形の呪いを解いてもらうことにした。
 城内の奥深いところに上がるのだが、それにふさわしい着物など用意していない。そんな用などこれまでもなかったからだ。
「殿、筋者でございます。連れて参りました」
 城で適当な白袴などを履く。城内では異彩を放った。また化粧もケバケバしく、これは奥女中がやり過ぎたのだろう。
 姫の部屋に喜代香が入った瞬間、人形と一緒にいた姫は喜代香の目を見て魅入られてしまい、そのまま気を失った。化粧のせいもあるが、ヘビと目が合ったように感じたらしい。
 その後、人形が異変を起こすことはなくなり、呪いが解けたように思われた。姫も三日ほど寝たあと元に戻った。
 殿様は城下で住むよう引き留めたが、喜代香は隣国の百姓の娘に戻る方を選んだ。
 喜代香を呼び出したあの庄屋の分家は、そのことをしっかりと記録に残した。
 この喜代香が嫁ぎ先で産んだ女の子なども記録されているが、もうその頃は庄屋分家の息子の代になっていた。
 この家は、血筋を追うための家だが、誰かに命じられたわけではない。それが勤めの家というだけ。
 その後、今回の姫の人形のような件はなく、この血筋の女人が表に出るようなことはなかった。
 
   了


2024年4月23日

 

小説 川崎サイト