小説 川崎サイト

 

無事帰還

 

 島之内家の軍師はただの占い師で、戦いの前に家臣達も一緒に祈願する。そして即答で、勝利と出る。願いは叶うと。負けいくさなどいう罫はない。その中間も。全て必勝。空くじなし。必ず勝つと出る。
 これは景気づけのようなもので、鼓舞用。
 しかし勝つも負けるも戦ってみないと分からない。ただ、負ける戦はしないだろう。最初から。
 だから勝てると踏んだいくさだけをする。だからまず勝つ。勝つ確率の方が高い。敵も、これは無理だ。負けると思い、いくさにならないこともある。もう降参している。戦わずに済めばこしたことはない。
 しかし五分五分で勝敗が分からない場合、これは実際に戦うことが多いだろう。負けると決まったわけでもない。勝つとも決まっていないが、あとは運任せ。
 しかし互角の場合、作戦的に勝利することがある。戦い方が上手い方が勝つ。その作戦を練るのが軍師だが。その時代、そのままでぶつかることが多かった。
 下手に作戦を立て、失敗すれば、役に立たない。勢いで押す方がいい。余計な作戦で負ける可能性もある。余計なことをしなければ、勝てたか、引き分けで終わったか程度。
 そのため、神官がそれをやる場合、ただの気合い入れになるのだが、勢いのある方が押しが強いので、それでよかったのかもしれない。
 島之内家の軍師は寺社とは関係していない。島之内家お抱えの占い師。その風貌だけでも効きそうな形相で、何事も断定的にきっぱりと言うタイプ。
 参謀役としては脳天気なほど。心配はないのかと思うほど勝てると言い切っている。ただ、それは神仏からのお告げだと誤魔化している。ただの軍師の話ではなく、天からのお声なので。
 当然この占い師には、そんな能力はない。神の声を聞いたこともないし。啓示もない。聞こえたような気がしたとかもない。
 しかし、戦いの朝、ほとんどの家来の前でその軍師は大活躍。そこが見せ場なのだ。
 そして身分の低い足軽なども加わっている。かなりの人数だ。そのため、占いが執り行われる場所は広場になる。島之内家には城はなく、館がある程度。砦よりも弱い。籠城戦には向かない。
 館の前に広場があり、出陣の時など、そこで勢揃いする。
 戦は勝ちそうで島之内家に分がある。これはまともにいけば勝てるだろう。しかし、敵は受けて立ったのだから、それなりに勝算があるのだろう。
 聞けばいくさ慣れした家臣を召し抱えたらしい。どうも本物の軍師らしいとの噂。だから妙手で来るかもしれないので、万が一のことがある。
 それよりも足軽に至るまで、真剣に祈祷師のお告げを聞いている。それは絶対に勝てるので、大丈夫という程度のもの。天は島之内家に味方し云々と御託が続く。
 実は勝敗よりも、無事に戻ってこられるかを心配しているのだ。戦いに負けてもいい。無事なら。また勝ってもそこで倒れたのなら、元も子もなくなる。
 だから戦勝祈願よりも、帰還祈願なのだ。我が身が助かれば御の字。
 だから足軽小者ほど、真剣に軍師の話を聞いている。そして占い軍師の勢いのある節回しが冴え渡り、鉦や太鼓も最大級に盛り上がった後、先発隊が動き出し戦場へと向かう。
 足軽として引っ張り出された百姓達は、勝敗よりも無事帰還の方が大事だったのだろう。
 
   了

 


2024年4月27日

 

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