小説 川崎サイト

 

名聞

 

「なかなか思うようにはなりませんなあ」
「上手く行かぬから滅多にないこととして値打ちがある」
「この様子では沖田家は寝返る見込みはないかと」
「あの出城が欲しい。沖田の城が手に入れば、あとは楽々。沖田の城がくさびじゃ。敵方が打ち込んだくさび。これは上手いところに出城を作ったものだと感心する。出城とはいえ難攻不落。落とせぬ訳ではないが、犠牲が多く出るだろう。無理攻めでしか落とせぬのでな」
「分かっております」
「それで、寝返ってもらえればくさびはなくなる。せき止めていたものが崩れる」
「しかし、何度も使者を送っているのですが、寝返る見込みはありません」
「領地安泰どころか、倍の所領を与えるといっているのに、聞かぬ」
「聞きたいのでしょうが、周囲との関係でできないのでしょ」
「周囲?」
「沖田の西に竹田殿の砦があります。竹田殿はその地を治めています。また東には橋爪殿。その後方に萩原城があります。そこは沖田の城よりも大きい」
「それは知っておる。しかし沖田を落とせば、萩原城も楽に落とせるはず。守りに弱い城じゃ」
「沖田家が裏切れないのは、それら周辺を敵に回すことになりますから。姻戚関係もあって、易々とは裏切らないのは仕方ありますまい」
「わしの考えでは沖田が寝返れば、それに続いて周辺の諸城や砦もなびくということ」
「それができればいいのですが、沖田家はうんとは言いません」
「義理堅いのう。家臣にしたいところじゃ」
「無理なようですので、他の策を」
「ない」
「じゃ、力攻めで」
「それしかないだろう」
 堅固な山城沖田の城に襲いかかろうとしたとき、沖田から使者が来た。
「受けると」
 つまり、寝返るのではなく、降参し、降りると。
 もし籠城戦になれば、双方の犠牲は計り知れない。沖田一族もそこで果てるだろう。
 ほっとしたのは守り手や攻め手の兵達。
 沖田家としては戦ったのだが、負けたので、敵に下るしかなかったとなる。
 何とか名聞を作りたかった。
 
   了


2024年5月1日

 

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