小説 川崎サイト

 

座主

 

 その大寺の座主は修行を積んだ人ではなく、さる高家から来た人。仏道にあかるいわけではない。それまでは身分が高いだけの人なので最初から高貴だが。
 そのため大寺の座主に座っても堂々としたもの。これはお飾りの座主で、実際には大寺の運営にはあたっていない。
 そのため、暇で仕方がないというわけではなく、いろいろな行事の時は座っていないといけない。座っているだけ。
 だから座る人だと言われている。これは他の場所にも出向く。多くの末寺を持つので、それなりに忙しい。ここでも座っているだけ。
 それが修行になるのかもしれない。何もしないでじっと座っているだけなので、やることがない。それでいろいろなことを考えたり、またはあらぬ想像をしたり、時には無念無想になるが、これは眠たいのだろう。うとっとしてしまう。
 高貴な身分の出だが、出されてしまったのだ。
 その大寺に名僧がいる。こちらは本物だ。名僧は人なつっこく愛想がいい。この人が大寺を仕切っているようなものだが、ただのまとめ役。名僧の考え通りに行くわけではない。多くの同意が必要なため。
 その名僧がよく座主の部屋へ行く。部屋といってもいくつもあり、御殿に近い。この待遇だけは昔の身分の頃よりもいい。
 最終的には座主が決めるのだが、既に、この名僧がまとめ上げたものを承諾するだけ。それに異議など唱えない。なぜなら、お寺のことなどよく分かっていないため。
 これでこの大寺は上手く回っている。例の名僧の力だろう。
 ただ、名僧と言われる僧は他にもいる。仏道に秀でた僧とかだ。
 ある日、仕切り屋の例の名僧が、気楽に座主に語りかけた。
「座り心地は如何ですか」
「ああ、良い案配じゃ」
「その座布団ではまだ薄うございましょう。もう一つ分厚い目のを用意しましょう。座り心地がさらによくなりますよ」
「そうじゃな。しかし綿が多いと、つまずきそうじゃ」
「それは座布団の上で立つからでしょう」
「おお、そうじゃな」
「座主様はご機嫌ようお過ごしいただければ、それで万事上手く行きます」
「分かっておる」
「何か食したいものがあれば、用意させますが」
「菓子がいい」
「いろいろ用意しましたが、どう言うのがよろしいでしょう。何かありました、言いつけてください。拙僧に直接」
「甘いのがいい」
「金平糖ですな」
「それと甘い栗と甘い柿」
「それは今はありませんが、その時期になれば持って参ります」
「頼むぞ」
「また、ご機嫌伺いにお伺いします。今日はこれぐらいで」
「用件があったのではないか」
「いえ、今日は何もございません」
「そうか、また顔を出してくれ」
「はい、喜んで」
 
   了


2024年5月3日

 

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