小説 川崎サイト

 

物見櫓

 

 城は山の取っつきのコブのようなところにある山城。城よりも地形的な力の方が大きい。城は大したことはなく、平城なら一撃で落とされそう。
 しかし狭い急坂から登らないと、大手門にはたどりつけない。大軍で攻めても通れる道が狭いので、同じこと。かなりの犠牲を払わないと潰せない城。真っ先にその大手坂を駆け上がる兵などいない。やはり怖い。
 その裏山の中腹に物見櫓があり、兵も詰めている。しかし、敵が攻めてこない限り、物見も必要ではない。
 だが、この城、平時でも物見櫓に兵を入れている。正面からなら堅固だが、背後からなら、逆に上から攻められる。当然、そんな道はないが。
 ただ、何者かが城の裏側から忍び込み、悪さをするかもしれない。それで物見櫓に人を入れているのだ。ここなら両方見張れる。
「今まであったか」
「ない」
 この城、戦いに巻き込まれ、城近くまで敵兵が来たことは一度もない。いくさには出るが、これも加わっているだけで、戦闘らしき戦闘などしたことがない。
「泥棒を見張るというが、そんなこともあったか」
「ないようじゃ」
 物見櫓の下に長屋があり、ここで寝泊まりできるし、まかないもできる。兵糧の備えもある。井戸は無理なので、少し下れば、水が湧き出ている場所があるので、そこから汲んでくる。
 物見櫓には旗があり、赤い布地。何かあればそれを振って下の城に知らせる。だがその赤い旗、一度も振られたことがない。
 旗振りは交代制で、最小限それだけの人数が必要だが、盗賊対策として、番所の役目もあるので、多いときでは数十人ほどいる。
 盗賊ではないが、猟師や山仕事で入り込んだ領民がたまに物見櫓に寄る。焼き餅とか、果実とか、一寸した食べ物を売りに来るのだ。
 そのため、この中腹へ繋がる道がいつの間にかできており、里との繋がりもできている。そうでないと、兵糧攻めに遭ったとき、その補給路として必要なので。
 山賊の侵入口になる可能性もあるが、今まで一度も出てこない。
 城を襲う山賊などいないだろう。せいぜい盗人が入り込む程度。
 ここの城主は、このあたりの豪族だが、大名家の家臣になっている。
 そのため籠城したとしても五百。領地のわりには多い。
 ただ、この山城、背後は山々で、この大名家の領土内では奥まったところにある。だから攻められる頃には、もう勝敗はついているだろう。そのときは降参すればいい。またはその前に寝返るとか。
 だから、この物見櫓、いらないのだが、それができたのは豪族時代。内部の敵に備えてのことだったらしい。
 
   了


2024年5月13日

 

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