小説 川崎サイト

 

個体差

 

「岩城先生の話はどうですか。最新の科学とか学問上でのあれこれをかなりツボを押さえていると思うのですが」
「しかし、人気がない」
「どうしてでしょうか」
「英語が多い」
「学術論文などは英語でしょうから、そこからの影響でしょう。日本語に直すと変になると言いますか、変な意味がつきますし」
「何を言っているのか分かりにくくなります。聞いたことのない英単語とかでは」
「そうですねえ。よく知られた英単語ならいいのですが、聞いたことのない専門用語では。しかし最先端の研究論文などが、岩城先生によって知ることができます」
「しかし、早口で聞き取りにくくてねえ。頭に入りません。何を言っているのか程度は分かるのですが、微妙な振れと言いますか、ニャンスが分からない。だから結論だけを知りたいと思うようになるのですが、結論など出ていなかったりします」
「岩城先生の教室。がらんとしてますねえ。有名な先生なのに、どうしてでしょう」
「一方的に自分の話をやるだけなのでね。だから聞く側のことを考えていない」
「それだけですか」
「興味深い話が多いのですが、だからどうなんだというあたりが弱いのです」
「だって、結論が出ていないことに、答えなど示せないでしょ」
「学術的なところに寄り添いすぎです。そこから離れない。だから岩城先生もその中での話。私たちが期待しているのは、そんな説や解釈などあるのかと思えるような切り口です。そうでないと、今までの研究のおさらいのようになり、それで退屈なのです」
「でも、それはできないでしょ」
「分かっています。しかし、やり方はあります」
「分かります。岸和田先生でしょ。はっきりとは言わないけど、暗に言っている。あれでしょ」
「そうです。岸和田先生は人気がある。教室もいっぱいで立っている人もいるほど」
「その違いは何でしょう」
「学生が聞きたがっていることを知ってるからでしょ」
「はあ」
「それと聞きたくないことは喋らない」
「それはなんでしょう」
「空気で分かるんでしょ。受けているか受けていないかが」
「まるで芸人じゃないですか」
「喋り方も芸ですよ。中身ではなく」
「でも、中身は岩城先生の方が広いし深い」
「広すぎ、深すぎて、ついて行けないのです。だから教室はガラガラ」
「では、どちらがいいのでしょう」
「岩城先生の師匠筋が岸和田先生。だから岸和田先生の弟子が岩城先生。同じ事ですがね。岩城先生は岸和田先生のような芸ができない。たとえ話も言葉の言い換えも下手。しかし、言っていることは似たようなものですよ」
「どうしてそんな違いが」
「ただの個性の差ですよ」
「それだけですか」
「はい個体差です」
 
   了


2024年5月15日

 

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