小説 川崎サイト

 

禿げイタチ

 

 こういう昔話が伝わっている。どう言うのかというと神様の話。
 旅の修験者がいる。この人は人が見えないものが見えるらしい。
 その修験者、森の中に入り込んだ。何かいそうな気がしたためだろう。深い森ではなく、里の近く。森は横に広く奥がない。奥はすぐに山になる。つまり山際のなだらかな場所が森となり、田畑はない。聖域ではなく、それに近い場所。
 神社も寺も、このあたりにある方がいいのだが、ここにはない。ただ、一番奥まったところに祠がある。石造りだ。その石組み、積み方があまりこの辺では見かけない様式。誰が何のために作ったものかは分かっている。中に神様が祭ってあるのだ。しかし、何の神様なのかは分からない。
 そのため、村の神社とかち合うわけではないが、そちらは森ではなく、田んぼの中にぽつりとある。見た感じ古墳のように見えるが、盛り土はなく、境内を樹木で囲んでいるだけ。
 さて、森の中の祠。修験者、これかと、すぐに分かった。ここから妙なものが発していたのだろう。犬の臭覚に近い。
 祠の前に人がいる。年寄りだ。後ろからだと神様のように見えた。修験者がたまにそんな錯覚を起こす。誰が見ても百姓家の爺さんだ。
 祠に参りに来ているのだろう。丁度そこに出くわしただけ。
 神様なら祠の外で立っていないだろう。
「どなた様かは知らねども、何かがおわすありがたいことなり」とか、そういう言葉を老人はつぶやいている。独り言ではなく、修験者が来たので、この祠のことを語っているのだ。
「分からないのですな。ここの神様は」
「はい」
 修験者は得意の眼力で、祠の中を見た。扉があるので、見えるわけがないが、そういう能力があるらしい。
「いかがでございましょう」
 修験者は答えなかった。
 見たのは頭の禿げたイタチだった。神様ではない。
「何をしておる」
 修験者はイタチに聞く。
「ここに住み着いただけじゃ」
「お前は神ではない。分かるな」
「ああ」
「しかし、悪さはしておらぬようじゃな」
「神様だと思われているので、できんのだ」
「イタチらしく悪さをすればいいではないか」
「そこに来ている爺さんを見ていると、そうはいかん。爺さんだけではなく里の衆が丁寧に扱ってくれるし」
「神だと思えばイタチがおわしたか」
「ここは居心地がいい。退治しないでくれ」
「祭られて気持ちがいいのだな」
「神らしくなってきておる。見逃してくれ」
 修験者は、この祠にはものすごい神様がおわす。よく祭ることだな。と横の爺さんに伝えた。
 爺さんは、やっぱり凄い神様がいたんだと得心した。
 
   了


2024年5月18日

 

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