小説 川崎サイト

 

釣瓶渓谷

 

 時代劇に出てくるような街道の中にも、旧街道がある。今なら昔の街道はほぼ旧街道。並行して走っている場合も多いが、街道を拡張して道幅を広げたものもある。しかし、元々細い街道なので、拡張しきれない場合もあるだろう。
 旧街道はその時代はメインの道だが、その当時廃道になったような道もある。今から考えると旧街道のさらなる旧街道。
 その廃道に一人の旅人が歩いている。既に整備はされておらず。草が生い茂り、倒れた木が遮り、踏切のよう。
 当然地元の人や旅人は、そこは通らない。知っているからだ。入り口に立て札があり、入道禁止となっている。入れないわけではなく、あえて入るような旅人はいないだろう。ただでさえ旅は危険を伴う。
 しかし、以前は本街道だった道で、新しくできた新街道は遠回りになる。
 それで旅を急ぐ者は、街道を行くよりも、旧街道の方が早い。昔は大勢の人たちが普通に通っていたのだから。
 その旅人、急ぎ旅ではない。その旧道の入り口を見て、引きつけられたようにスーと入ってしまった。
 旅人は行商人で、普通の人。そして旅慣れている。普通なら、そんな廃道は選ばない。行き来する人もいないだろうから、物寂しい道。山賊や獣が出そう。
 しかし、引きつけられた。魔が差したのではなく、魔に差されたように、魔に引き込まれた。
 地元の人によると、たまにそういうことがあるらしい。しかし、その前で見張っているわけではないので、勝手に入っていった人がそれなりにいても分からない。
 ただ、同じ村人が、そこに入り、戻ってこなくなったという話は残っている。魔道なのだ。
 その魔道は、以前は本街道。ただしややこしいのは釣瓶渓谷だけ。そこの封印が外れたらしい。
 だから新道はそこを避けるように別の山間を通っている。そして釣瓶渓谷が終わるところで本街道と合流する。
 だから旧街道、廃道となったのは一部の区間だけ。
 当然釣瓶渓谷が怪しさの根本なので、そこは忌み地としている。だから土地の人は立ち入らない。
 それでも、その入り口にフーと吸い込まれるように入ることがある。途中で引き返せば大事はない。
 先ほどの旅人は引き返さないで、そのまま分け入ってしまったのだが、道らしい痕跡がよく分からなくなり、結局釣瓶渓谷に出る前に迷子になり、適当に歩いているうちに里に出たようだ。
 その里、旧街道の入り口よりも遙か後方で、かなり戻ってしまったことになる。
 運良く迷子になったのが、幸いしたようだ。
 
   了


2024年5月19日

 

小説 川崎サイト