小説 川崎サイト

 

神秘法師

 

 謎の法師が現れた。一重の白衣で入道頭。全部剃っていないので、これは禿げているだけ。
 それよりも入道のような巨体。白衣は太い黒帯でピタリと締めている。腹も太く、まるで相撲取りの回しのよう。この帯で組み合ったとき握れないほど幅が広い。そして硬い。
 白衣の着流し、それでよく旅ができるものかと思われるが、それほど汚れていない。こまめに洗っているのだろう。
 そして所持品はなし、帯の下に何か挟んでいるようだが、大きなものではない。小銭入れ程度かもしれない。旅の途中、路銀もいるだろう。
 ただ、この入道、長くは歩かないようで、途中で滞在していることが多い。
 謎の法師と呼ばれているが、僧侶ではない。この入道が村に現れると、決まってお呼びがかかる。貧しそうな農家や、豪農の屋敷まで、それは様々。
 入道法師は神秘術に長けているので、街道筋や村々を回っているとき、必ず呼ばれる。そして場合によっては長逗留。
 この神秘術、よくあるお祓いとか、憑きもの落としとか、その辺のことだが、効くという噂が広まっていた。
 村に滞在中、その家だけではなく、ついでに村内の面倒も見るようで、まるで何かの修繕屋が来ているので、ついでに直してもらおうと言うことだろう。
 この法師、法力などない。そんな術を知らないし、また使えないようだが、言葉が上手い。ほとんど言葉で解決してしまう。だから派手な霊落としとか、憑依している化け物との対決はない。
 静かに諭したり、説明する程度。要するに説得に長けている。そして憑きものにお願いして、出て行ってもらうように丁寧に話す。
 話せば分かるというわけではないが、この法師から出ている雰囲気というのがあり、調べがあり、それに飲み込まれるようだ。
 だから普通の人なら法師の目など直視できないほど。これは怖い目とかそういうことではなく、身体全体から来ている。特に目から。
 法師がよくする動作があり、それは腕や手をいろいろな角度に曲げたり、引いたり、伸ばしたり、また掴んだり離したりする。いずれも何かに触れるわけではなく、空中での動作。空振りのようなもの。
 この空振りで空気が変わるのか、そこへ手を伸ばしたり、指でこじ開けている仕草もある。
 そして手のひらに、何かを掴んだように、また抱き上げたような仕草をし、そこでいろいろと語り出す。何かをお願いしているようだ。
 ただ、その言葉、はっきりとは聞き取れない。何やらもごもごと言っているだけで、意味のあることは聞き取れない。
 これも空振りと同じで、空言葉。喋っているように聞こえるが、異国の言葉のようだが実はそれでもない。
 ただ、喋り方に抑揚があり、滑らかで優しい節回し。これを聞いた人は、丁寧に何かをお願いしているように思ってしまう。
 本人は神秘術を使うと言っているが、その法師そのものが神秘的で、得体が知れない。
 
   了


2024年5月20日

 

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