小説 川崎サイト

 

九一

 

「この札は必要なものでしょうか。あまりいい札ではありません。こんなものがいいのですか」
「よくない」
「では外しておきます」
「いや、入れておけ」
「気に入った札なのですか」
「違うが、悪くはない」
「こちらにあるのがいい札ですね」
「その中に挟んでおけ。いや、むしろどうでもいい札の方を多くせよ」
「でも使わない札なんでしょ」
「いや、よく使う」
「じゃ、どうでもよくない」
「そうだ。いい札よりもかえって大事なのじゃ」
「それはどうしてなんでしょう」
「いい札ばかりじゃ駄目だ。そればかりだとな」
「それだけのことですか」
「それといい札ばかりを集めると、まずい」
「はあ」
「見当を付けられる」
「見当?」
「わしの正体だ」
「そうですねえ。御大尽がいい札と呼んでいるものは似てますねえ」
「これでわしのことが分かってしまう。それを隠すため、どうでもいい札を混ぜるのじゃ」
「頭らしい配慮」
「敵に知られては拙い」
「それでどうでもいいような札を捨てないで、残しておられたのですね」
「擬装用にな」
「また、手の込んだ」
「わしの正体がばれるのは拙い」
「どのぐらいの割合でよろしいでしょうか」
「七三」
「いい札が七ですか」
「逆だ。どうでもいい札が七。これでも少ない。あとの三はばれてはいかん札。八二でもいい。いや用心して九一でもいい」
「でも余計な札を抱え込むことになりませんか」
「余計ではない。それなりにいい札もある。悪い札ではない。本当にいけない札は最初から入れない」
「そうまでして隠さないといけないものとは何でしょ」
「ここにあるいい札をみよ」
「はい、見ました。これが何か」
「似たような札ばかりじゃろ」
「そうですねえ。どうでもいいような札は、バラバラですねえ。でもいい札には統一感があります。同じ種類です」
「それで正体がばれるのじゃ」
「何ですか。その正体とは」
「よく見ろ」
「ああ、このことですか。これがいいのですね。ああ、なるほどなるほど。御大尽様がこういうのがいいのでしたか。分かりました分かりました。じゃ、やはり隠さないと駄目ですねえ」
「だから、余計な札の中に隠すんじゃ。九一でな」
「その一、大事なんですね」
「うむ」
 
   了


2024年5月24日

 

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