小説 川崎サイト

 

野菜不足

川崎ゆきお



「野菜を食べないといけないからね」
 スーパー近くの喫茶店で深田は語る。
「いいですねえ野菜。健康的で」
 深田は一人暮らしの老人だ。
 話しているのは同じ町内に住む同世代の竹田。
 竹田は家庭内ではお爺ちゃんで、隠居さんだ。家事は一切しない。
 深田はスーパーで買い物し、喫茶店で休憩中、竹田と顔を合わせた。
 竹田は小さな薬入れのようなポーチをさげているだけだが、深田は水菜やホウレン草の入ったレジ袋を横の椅子に置いている。
「野菜って、美味しいですかね」
 竹田が聞く。
「野菜を摂取せんといけないからね。美味しいとかまずいとかは論外だ」
「大変ですねえ、自炊は」
「マイペースだよ。マイペース」
「あたしゃ、野菜なんて気にしたことはないねえ」
「出てくるものを食べりゃいいんだから、気にする必要はないさ」
「でも、あんまり野菜は食べないなあ」
「嫌いなの?」
「そうじゃないけど、肉けのもんに箸がいくねえ」
「そりゃそうだ」
「サラダなんて、あんな鳥の餌のようなものは食べたくないねえ。息子の嫁には悪いんだけどね」
「健康状態はどうなの」
 自炊の深田が聞く。
「そこそこじゃないかな。深田さんは?」
「あまり良くないんだ。その原因が野菜不足だと思う」
「それで、そんな葉っぱを買ったんだね」
「そうだよ。健康管理は自分でやらないとね。食べるものはきちんと考えて、バランス良く食べる」
「それは凄い」
「なーに、最近始めたばかりさ」
「それで元気が維持できるなら助かるねえ」
「だから、野菜なんだ」
「でも深田さん、本当に好きで野菜食べてるの」
「いや、それほど好きではないかな。だから野菜不足になってたんだ」
「食べたいと思うものを食べたらいいんじゃないかな。あたしゃ、深田さんのような食べ方はできないねえ」
「いやいや、まだ三日目なんだ」
「三日目」竹田は、ニヤリと笑う。
「続けることが大事なんだ。まだ三日だけど」
「食べたいと思わないもの食べるの、面白くないでしょ」
「まあ、そうなんだが、そこは我慢だ」
「長続きするよう祈ってますよ」
「はい、ありがとう」
 
   了


2007年01月23日

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