小説 川崎サイト

 

会得

 

「どうですかな。上手く行ってますかな」
「はあ、何とか」
「想像とは違うでしょ」
「そうなんです。実際にやってみると思っていたものとは違ったりします」
「やって行くうちに見えてくるものです。手探りでね」
「その通りです。思っていた通りに行かないので、いろいろとやり方を変えていました」
「実際にやることが大事でしてね。それで身につく、なかなか腑には落ちませんがね。これはずっと模索が続くやもしれません。どうですか、続けられそうですか」
「はい、何かコツを覚えたようで」
「その覚えたコツもすぐに役立たなくなる場合もあります。同じやり方では難しいのが現れます。だからその都度変えるなりしないといけません」
「見極めるのですね」
「それには経験が大いに役立ちます。これは身で覚え感じたものが残っていますので。雰囲気で分かったりします」
「いろいろと教えていただき、ありがとうございます」
「教えるのは簡単。聞くのも簡単。しかし、実際にやるとなると、そうはいきません。だからやってみないと分からない。そんなとき、私の意見など参考にしないようになされませ。下手な知識よりも、あなたの判断で決めなさい。だから私はあまり教えたくはないのですよ。先に答えを与えているようなもので、あなたが見つけ出した答えではありませんからね。だから、それは身につかない」
「身体で覚えるということですね」
「勘所を得るということです」
「カン」
「これは教えられません。それに無理です。私はあなたではありませんからね」
「これからもお世話になりますが、何とか続けていきます」
「上手く行かないときでもやり続けることです。ひょんな事で開けるかもしれません」
「やることが大事なのですね」
「上手く行っても行かなくてもね。とにかく手を出す、足を出す」
「はい、心がけます」
「それで先生は最終的に何を会得されたのでしょうか」
「これこれ、それこそ答えを聞いているようなもの。それは聞かない方がよろしいかと」
「少しだけ教えてください。すぐに忘れますので」
「少しですよ」
「はい、最終的に得たものとはなんでしょ」
「何もなかった」
「え」
「だから聞かない方がよかったでしょ」
「でも少しは安心しました。大層なわりには」
「わりには?」
「いえ」
 
   了


2024年6月3日

 

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