小説 川崎サイト

 

苦楽

 

「相原さんはまだ苦行を続けておられるのか」
「そのようです。かなり苦しいと」
「もうお年しだろ。無理をせん方がいいがな」
「何処も悪くはないと」
「頭もか」
「はい」
「しかし、苦行など続けるのは頭がおかしいからではないのか。誰もそんなことなどやっておらん。行者でもあるまいし」
「苦行のあとは楽だと」
「最初から楽だろ。ずっと楽なままのはず。もう役職もなく、隠居」
「苦行後の方が楽だと」
「それはさっき聞いた」
「うんと楽だと」
「うんとか」
「ただの楽ではなく、うんとです」
「それが行の効果とでも」
「そのようです。だから楽でなくても普通の状態でも楽だと感じるとか。だから楽が増えているのです」
「その分、苦も増えておるのではないか」
「それはないと」
「では慣れた苦か」
「そうでしょうねえ。言うほど苦しいものではないかと」
「では苦行とは呼べんではないか」
「でも相原さんは苦しいと言っていますので、やはり苦行では。それにあえてやっている行ですから」
「分からんことはないが、今ひとつしっくりこんなあ」
「そうでしょうか」
「今までのことを聞いていると、楽を得たいとしか思えん」
「はあ」
「楽を得たいので、苦行する。楽のための苦なのじゃ」
「では楽しみたいためにする苦行ですか」
「だから苦行も楽しみの内。だから見ているほどには苦しくはないのかもしれんのう」
「でも苦しんでいる人は、ずっと苦しかったりしますね」
「それが本当の苦だ」
「やはり相原さんの苦行は怪しいと」
「そんな行をせんでも苦し状態の者などいくらでもおる」
「そちらの苦は楽に変じなかったりしますね」
「まあ、苦だと感じなくなれば別だがな」
「では、相原さんは」
「遊んでおるのじゃ。放っておきなさい」
「はい」
 
   了





2024年6月15日

 

小説 川崎サイト