小説 川崎サイト

 

ステンレス仏

川崎ゆきお



 たまにはじっくりと風景でも見たいと奥田は思った。
 風景を見るのが目的ではない。ゆるりと過ごす時間を望んでいたのだ。
 忙しい。それに対する反動だ。
 奥田は人があまりこない里山を探索した。
 問題なのは忙しさの中身だった。無駄に忙しいのだ。
 その時は無駄だと思えないため、余計な用事をこなしていた。
 ところが無駄だと分かる用件が多いことに気づいた。
 無駄に終わり、役立たないどころか、そのことによる忙しさで、本来の用件がおろそかになっていることに気づいたのだ。
 用件を減らすと時間ができた。
 それで里山歩きも可能になったのだ。
 これは仕事とは全く関係のない息抜きだ。今までは息抜きの時間をも使っていたのだ。
 冬場の里山は冬枯れし、緑が減っていた。
 赤いものがある。
 柿の実がポツリと残っている。
 こういうものを見ることで、人生を味わう。 奥田は、こんな時を過ごしてみたかったのだ。
 簡単なことだが、日常の中に取り込むのは大変だった。余裕がなかったとも言える。
 ふだんからあまり歩いていないため、足腰がだるくなってきた。
 奥田は疲れないうちに戻ることにした。
 神社の境内にさしかかった。
 スーツ姿の男が社殿の階段で腰掛けていた。
「あなたもですか?」
 男が話しかけた。
「はあ?」
「たまにはのんびりしたいですなあ」
「そうですねえ」
「山歩きですか?」
「ちょっと探索です」
「会社倒産しましてねえ。退職金代わりに、こんな品物をもらったんですよ」
 男はスーツケースを開ける。
「どうです。必要なら一ついかがですか?」
 スーツケースの中には光沢のある仏像が入っていた」
「ステンレス加工ですよ。黄金の阿弥陀と菩薩があります」
「おお」
 奥田の目が走った。
「社長の道楽で作らせたものらしいですがね。個人財産ですよ」
 奥田は手に取り、値段を聞いた。
 財布の中身で買える金額だった。
「ありがとうございました。こんなところで売れるとは思ってませんでしたよ」
 奥田は無駄遣いをやってしまったが後悔はない。
 最初から無駄だと分かっている行為だからだ。
 その後の奥田は相変わらずで、やはり、無駄に用事を増やしていた。
 
   了


2007年01月26日

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