小説 川崎サイト

 

気分のよくなる薬

川崎ゆきお



「精神的な問題は扱いにくいですなあ」
「私は精神的ダメージを受け、体の調子も悪いのです」
「どの程度ですかな」
「食欲もなく、何もかも嫌になり、何も手が付きません」
「それは気分のレベルですな。気分が治れば回復するでしょう」
「ですから、こうして伺ったのですが」
「自然に治ります。それは病気ではありません」
「気持ちが穏やかになる薬はありませんか」
「あなたの場合、逆に朗らかになり過ぎますよ」
「ほがらか?」
「楽しく、愉快になります」
「それをください」
「食欲がないとおっしゃいましたね」
「はい」
「昨日は何を食べましたか?」
「朝は食欲がなかったのでジュースだけ。昼はおにぎり。夜は鍋焼きうどんでした」
「じゃ、お薬は必要ないでしょ」
「でも、気持ちがふさいでしまい、辛いのです」
「そのうち治りますよ」
「病気ではないのですか?」
「病気にすることもできますよ。それなら私も含め、全員でしょうが」
「ここに来れば治療を受けられると思い、決心して来たのですが」
「心配されるほど、悪い状態ではないですよ」
「そうなのですか」
「それが分かったのですから、元気を取り戻せますよ」
「早く、この嫌な気分を終わらせたいのです」
「悲しいことがあれば、滅入るものです。それでふつうですよ」
「何か病名をください。そして診断書も」
「まあ、書きますがね」
「薬も」
「その必要はないかと」
「だめですか」
「はい」
「じゃ、近いうちに回復しますね」
「はい。しばらく様子を見ましょう」
「明日、元に戻っているでしょうか」
「一週間後に来てください」
「それまで我慢するのですか?」
「改善されていたら、来なくても結構ですよ」
「分かりました。他を当たってみます」
 
   了


2007年01月31日

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