小説 川崎サイト

 

夜道の化け物

川崎ゆきお



 誰もいない夜道、我に返ることがある。
 それまで人の中にいた自分と、一人になった自分の間に生まれる段差だ。
 自分に戻るとは、舞台を終えた役者のようなものだ。
 我に返るとは、その自分を演じていた我に戻ることだ。
 この我は、人には絶対に見せない自分の姿だ。
 高橋は夜道でいつも我に返る。この時の高橋は、何者でもないかもしれない。
 何者かになる前の高橋なのだ。
 しかし、見られたことがある。まだガードの緩い小学生のころだ。
 その時の友達は、高橋の一面を知っている。
 高橋はそれを知られたくなく、子供時代の人間と合う機会がない地方都市で暮らしている。
 そのころの高橋を知っている人間がいることが嫌なのだ。
 そんなことを夜道、ふと思う。
「高橋のミキちゃんだね」
 それを思った瞬間、いつも現れる幼友達の岩倉が出現する。
「聞かなくても分かっているじゃないか。もう何度も出合っているくせに」
「まあ、そう言うなよミキちゃん。久しぶりじゃないか」
「昨日も出てきたくせに」
「ここんところ終電まで仕事かい」
「そうだ」
「真夜中は出やすいんだ。特にこの道は誰もいないからね」
「何度も聞くが、君は死んでいるんだろ」
「そんなことはないさ」
「じゃ、僕を待ち伏せるほど暇なのか」
「そうじゃないさ」
「じゃ、どうなんだ?」
「立派になったなミキちゃん」
「また、話を逸らせる」
「あのミキちゃんがこんなに出世するとは思わなかったよ。役員だってね」
「小さな会社だ」
「心配して出てきてるんだよ」
「君には関係はない」
「会社はミキちゃんのこと知ってるのかなあ」
「何が言いたい」
「尻尾を出さないように注意しな」
「その心配はない」
「あのミキちゃんが、会社役員になってもいいのかなあ」
「分かったから、今日はこれで終わりだ」
「どうして?」
「もう家だ」
「ああ、分かった」
 
   了


2007年02月4日

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