小説 川崎サイト

 

渡り鳥と予備校生

川崎ゆきお



「私は渡り鳥だよ」
「鳥だったんですか?」
「いや、私は鳥じゃないよ」
「でも渡り鳥なんでしょ」
「の、ようなものだ」
「季節労働者でしょうか」
「季節は関係ない」
「でも渡り鳥は季節によって居る場所が違うでしょ」
「その渡り鳥じゃない。私は色々な街を渡り歩いているんだ」
「飛ばないのですか」
「飛行機には乗らない」
「なるほど」
「フェリーには乗る」
「日本中ですか?」
「そうだ」
「旅行者のようなものですね」
「そう、旅人だよ」
「行商ですか?」
「ま、そんなものだ」
「住所がないのですか?」
「実家に住民票はあるが、ほとんど帰っていない」
「じゃ、どこに住んでいるのですか」
「住む家なんてないさ」
「今日は?」
「ビジネスホテルだ」
「いい身分ですねえ」
「まあな」
「旅行に出たまま帰らない人なんだ」
「たまには帰っているさ。近くまで行ったらな」
「私の話はいい。君の話も聞きたい」
「僕は予備校生です」
「受験生か」
「予備校にはほとんど行ってませんが…」
「じゃ、受からないのじゃないかね」
「受からなくてもいいんですよ」
「それはよく分かる」
「あ、理解者がいた」
「大学のレベルを下げれば行けるだろ」
「私学はだめなんです。お金がかかるから」
「じゃ、通信教育でいいじゃないか」
「進学する気がないのです」
「じゃ、働くか」
「それも嫌だな」
「それもよく分かる」
「おじさんはヤバイ人だな」
「弟子になるか?」
「弟子じゃなく、子分でしょ」
「家来じゃないぞ。子分だ。私がすべて教えてやる。だから君は弟子だ」
「僕に話しかけたのは手下が欲しかったからでしょ」
「頭がいいじゃないか。見込みがあるぞ」
「でも合法的な仕事がしたいなあ」
 
   了



2007年02月8日

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