小説 川崎サイト

 

セルフ静か

川崎ゆきお



 上村は静かな生活を理想としていた。
 静けさは、喧噪さがなければ退屈なだけだ。喧しいから静かさが引き立つのだ。
 静かさが引き立ったり際立ったりすると、それは静かさではないのかもしれない。
 上村が静かな暮らしに憧れるのは、静かではない日常を過ごしてきたからではない。
 元々静かな人間なのだ。それを忘れて静かではない暮らしを続けていたのだ。
「そうか、静かにしてるのか」
「ああ、これが本来の僕の姿なんだ。佇まいなんだ」
「元気をなくしたのかと思い、心配してたよ」
「これがノーマルなんだ。今まで無理をしていたんだ。これでやっと戻れたよ」
「どこへ?」
「本来の自分にさ」
「そんな本来があったのか」
「セルフイメージだよ」
「セルフか?」
「自分が思っている自分の姿だ」
「それが本来の自分か?」
「そうだ」
「それが本来だとよく分かるなあ」
「気持ちで分かるさ。自分らしくないなあ、とか」
「それが本来か」
「元々の自分だよ」
「それはいつ決まったんだろうなあ」
「さあ、気が付いたら、そうなってたよ」
「いつ頃?」
「物心がついたころかな」
「そんなに早いのか」
「自分について考え始めたころだよ」
「あったなあ。そういう時期が。思春期だ」
「その前に材料があるんだ。思春期はそれを整理しただけさ」
「じゃあ、物心がついたころから静かだったの」
「ああ」
「じゃ、その後は変化していないのか?」
「基本的にはね」
「世間の荒波を乗り越えて得た経験とかがあるじゃないか」
「それは知識だよ。本性には触れていないさ」
「本性を出すのあの本性か」
「そうだよ」
「僕の本性は何だろう?」
「子供のころからあまり変わっていない部分さ」
「後でゆっくり考えてみるよ」
「切り口が問題だけどね」
「切り口?」
「キーワードで変化するんだ」
「やっぱり君は静かな人間じゃないよ」
「どうして」
「活発に話しているじゃないか」
「静かにしろってか?」
「そうじゃないけど、元気そうだから」
「ああ、物静かさを忘れていた」
 
   了


2007年02月9日

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