鞄の怪
川崎ゆきお
物に霊的なものを感じることがある。霊的な物が込められている物もある。たとえば仏像だ。
これは仏が先で物が後だろう。仏は物ではない。
君原が感じている物は神仏ではない。ただの物だ。しかも、なんでもない道具類だ。
君原の場合、鞄が仏壇になる。仏壇は箱だ。空間を用意する。
鞄も空間を用意するガワだ。
仏壇の中には仏像なり位牌なり、仏具が入っている。大事なのはその中身で、仏壇は効果的に空間を演出しているに過ぎない。鞄も同じだ。
しかし君原は鞄そのものに聖なる物を感じている。中身はどうでもいいのだ。
これは仏教ではなく神道かもしれないと思うことがある。
つまり空間を用意する結界に似ている。
君原は異変が起こると鞄を替える。伊勢神宮のように立て替えるわけではない。買い替えるのだ。
異変に対応するため、新たな結界が必要なのだ。これは構え方かもしれない。
そして鞄屋を見て回る。仏具店を見て回るようなものだ。
「これは効きそうだなあ」
君原はコンパクトな箱型の鞄を手にする。
「ちょいと、おでかけならいいですよ」
長く見つめているので店員が声をかける。
「奥の院がいいねえ」
鞄の中のメイン収納場所内にある内ポケットのファスナーを何度も開け閉めする。
ここにお守り袋とかを入れるわけではない。札を入れる。オフダではなくオサツだ。いざと言う時の現金を隠しておくためだ。
現実ではこのお札が一番効果がある。現金のあるなしは大きい。文無しになった時、最後の切り札となる。これを使うようなことがあってならない。
「もう一回り大きいサイズがありますよ」
「いや、欲を出してはいけないのでね」
その鞄では週刊誌が入らない。だが、収納が目的ではないのだ。
「小さいわりには奥の院が深い場所にあるのがいいですねえ」
店員はオクノインという音が聞き取れなかったようだ。
「背にもポケットがついているんですよ」
店員は鞄の後ろについているファスナーを開ける。
君原は、そんなことはもう確認済みだ。
「ここは裏山なんですよ」
「裏地ですか」
ウラヤマとは聞き取れなかったようだ。
「狛犬もいいねえ」
店員は今度は犬のように首をかしげた。
君原は正面にある二つのポケットを指さした。
了
2008年02月11日