小説 川崎サイト

 

不審な不審者

川崎ゆきお



 登山帽を目深にかぶり、黒い大きなサングラスをかけ、口と鼻はマスクでガードした中年男が、小学校に沿った道を歩いている。
 職員室からそれを目撃した滝田は、不審者そのままなので感動さえ覚えた。
 先日不審者対策の訓練を受けたばかりだった。そして、その不審者役の扮装と同じなのだ。
 絵に書いたような不審者が学校近くにいる。これは警戒体制に入ってもいい。
 しかし、「私は不審者です」と、すぐに見抜かれるようなスタイルで、何かをするだろうか。
 滝田は不審を覚えた。不審者に対してではなく、自分の判断に…だ。
 しかし、そんな格好で、学校の前にいることが紛らわしいことで、不審を招く行動だ。
 それを目撃した滝田としては、何か行動を起こさないといけない。
「何だろうねえ」
 教頭も気づいたようだ。
「あれじゃ駄目でしょ」
「何がですか?」
 滝田が聞く。しかし意味は承知していたので、確認のためだ。
「時間の問題だな」
「通報しましょうか」
「今、忙しいんだ。つきあってられない」
「私もです」
「だが、黙認するわけにはいかん」
「校内に入ってきたわけではないですしね」
「あそこは公道だ。誰が通行してもかまわない。あのスタイルで歩いちゃいけない法律はない」
「でも、不審がらせるのはいけないでしょう」
「だから、それを期待しているんだよ。あの不審者はね」
「えーと、それではどうしましょう」
「訓練は校内に侵入した場合を想定していた。校庭や教室に入り込み乱暴する」
「校外ですね。今の場合」
 その不審者は学校前で立ち止まり、校舎を見ている。
「そろそろ下校時間ですよ教頭先生。児童が通りますよ」
「じゃ、君が様子を聞いてきなさい」
「様子」
「話しかければいい」
「はあ」
 校門が開き、児童が道路に出てきた。
 滝田は急いで不審者に近づいた。
「何か?」
「御用ですか?」
「いや」
「子供たちが怖がりますので」
「わしが怖い?」
「はい」
「どうして?」
 児童の集団が、そこにきた。
「わーい、不審者不審者」
 児童たちは先日の訓練と同じスタイルの男がいたので囃し立てた。
 不審者は児童を襲う真似をした。
 児童達はキャーキャーと叫びながら逃げる真似をした。
 滝田は仕方なく、児童を守る真似をした。
 
   了


2008年02月14日

小説 川崎サイト