小説 川崎サイト

 

路上の糞

川崎ゆきお



 犬の糞が道端に転がっている。
 買い主が持ち帰らなかったのだろう。
 岩田は懐かしいものを見た感じになった。
 犬の糞が懐かしいわけではない。その路上がだ。
 昔なら犬の糞などさして目立たなかった。
 それはもっと雑多な物が道端にあったからだ。
 今、岩田が見ているのはアスファルトの舗装道路で、ゴミ一つ落ちていない。
 道沿いの家の玄関先も、余計なものが一つもない。
 岩田が懐かしく思ったのは、その道がまだ農道だったころの記憶だ。
 道の脇には雑草が茂り、犬の糞など珍しくはなかった。石ころと糞が交ざっていた。
 また、廃材が積まれていた。
 玄関先にも古い瓦が積み上げられ、使わなくなったベニヤ板や、さびたトタン板が無造作に立て掛けられていた。
 今、そういう無駄なオブジェはすっかり消えている。犬の糞が目立つはずだ。
 路地裏は廃材置き場のようで、板切れや割れた火鉢や、煙突や土管が、未整理な状態で散乱していた。
 今は裏道に入ってもそんな光景は稀だ。
 雑多でゴチャゴチャした感じが消えている。
 岩田が見た犬の糞は、今も続くそのころの名残だ。
「あのころは何だったのだろう」
 岩田は考える必要性の低いネタをほじくった。町が奇麗になったのだ。取り散らかしたままの家が減ったのだ。
 大型ゴミの日、昔の光景が部分的に復活する。以前は町内全域が大型ゴミの日のようだったのだ。
「時代だろうなあ」
 昔は汚いと思わなかった光景なのに、今は岩田自身も神経質になる。
 犬の糞を見て違和感を感じるようになってしまったのだ。
 岩田はタバコに火をつける。昔はマッチだった。マッチ棒は道端で平気で捨てることができた。
 今はタバコの吸い殻を路上に捨てることに罪悪感を覚える。
 岩田は携帯灰皿に灰を落とす。灰ぐらいいいではないかとは思うのだが、路上喫煙そのものがいけない気がするのだ。
 それで少しでもマナーのある人間のように灰を灰皿に落とす。
 以前は吸い殻だけを携帯灰皿に詰め込んでいた。
 岩田は思わず咳き込んだ。喉に絡んでいた痰が上がってきた。それを吐き出すわけにはいかない。
 岩田はティシュを取り出した。
 
   了


2008年02月22日

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