小説 川崎サイト

 

不可解

川崎ゆきお



「思い出すたびに不可解で、何度も何度もそれを味わうように思い出すのじゃ。不可解ゆえの楽しみと申してもよい」
「その不可解ごとをお聞きしても話していただけないのでしょうなあ」
「よく分かっておられる。人に語れば不可解ではなくなりそうでな。よって迂闊に話せんのじゃ」
「それでは話にはなりませんなあ」
「ああ、話す気がないでな」
「では、今夜はこのへんで」
 昭介は立ち上がった。
「待て待て、まだ話は終わっておらぬ」
「おやおや、話せないのではなかったのですか」
「具体的には申せぬだけよ」
「それでは話が通じぬのではありませんか?」
「わしは通じておる」
「旦那様は通じておられても、私共には通じません」
「だから、聞くだけでよい。わしの不可解な気持ちを」
「では、適当に相槌を打ちましょう」
「ああ、それで充分」
「では、お続けを」
「そうじゃな。どこまで話したかのう」
「何度も思い返すことが楽しいと」
「そうそう」
「それで?」
「思い出すたびに不可解さが増してくる。また別の謎が出てきてのう」
「はい」
「得体が知れぬゆえの楽しみかな」
「よいお楽しみで」
「その楽しさを誰かに伝えたくてのう。人に話さずにはおられんのじゃ」
「はい」
「それがもし不可解ではなくなれば、面白くはなかろうて。幽霊見たり枯尾花じゃよ。ああ、なんだそんなことだったのかとなる。ここが大事なところでな。だから、迂闊に話せんのじゃよ」
「なるほどさようで」
「不可解さは不可解なままのほうが趣があってよろしい。そうは思わぬか昭介」
「はい、おっしゃる通り」
「しかし、何度も何度も思い返しておると、不可解の謎が解けそうなことがある。謎の糸口が見えることがある。わしはそんなとき、その糸を見まいと頑張っておる。その糸を引っ張り出したい衝動もあるがな。そんなことをすれば台なしだ。楽しみを我が手で摘んで…昭介」
 昭介は眠ってしまった。
 
   了

 


2008年03月08日

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