小説 川崎サイト

 

勧誘

川崎ゆきお



 チャイムが鳴った。
 梅本老人はホームゴタツに入り、テレビを見ていた。
「誰だろう」
 老人は座椅子から静かに立ち上がる。回転式のため、座椅子の上に足を置くと動くことがある。めったに動かないのだが、急いでいる時は力が入るのか、ぐあんと回転し、転倒したことがある。
 それを知っていたため、できるだけゆっくしたスピードで座椅子を離れた。
 ホームゴタツを出ると寒いので、どてらを探す。置き場所が適当なため、さっと室内を眺めないと見つからない。
 いつもはすぐに見つかる。何度も見回さなくてもいい。
 しかし今日は一度では見つからない。
 梅本老人は何度も室内を見る。
「ない」
 これで見つからない場合、何かの下敷きになっているか、別の部屋で脱ぎ捨てたかだ。
 チャイムがまた鳴る。
 セール勧誘お断りのプレーとをチャイムボタンのすぐ下に張り付けている。これをつけてから、セールが減った。
 宅配便か、近所の人か、孫かもしれない。
 梅本老人はどてらを諦め、奥の部屋から玄関へ出てきた。
 急に動いたので、心臓の鼓動が激しい。
 玄関はガラス戸で、誰かいると磨りガラスなのでシルエットが見えるはずだが、何も写っていない。
 出てくるのが遅かったのかもしれない。
 梅本老人は土間に降り、ガラス戸のカギを外す。
 開けると誰もいない。
 冷たい風がパジャマ姿の梅本の体を急速に冷やした。
 急速な温度の変化は避けるように医者に言われている。
 どてらがあれば、少しはましだったはずだ。
 梅原は通りに出る。
 二人の婦人がいる。
「こんにちは」
 中年と年寄りの二人連れだ。
「呼んだか」
「あ、いらっしゃいましたか」
 梅原老人は、その二人の顔は知らないが、用件は分かった。
「年寄りの婦人が冊子を梅原に手渡そうとした。なれないのか、二冊出してしまい、一冊をカバンに仕舞おうとしたが、何かに引っ掛かったのかうまい入らない。
「少しお話してかまいませんか」
 中年婦人のほうが言う。年寄り婦人は新米らしく、棒立ちだ。
「話があるのなら、なぜ待たぬ」
「お留守かと思いました。いい話が書かれています。ぜひお読みください」
 梅本老人は文句を言おうとした。連続ドラマを見ていた最中だったこと。玄関先まで出るのは大儀なこと。勧誘お断りを無視したこと…などなどだ。
 だが、年寄りの婦人を見ていると、可哀想な気がしたため、感情を殺しながら、家に入った。
 
   了


2008年03月10日

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