依存世界
川崎ゆきお
「落ち着け」
前田は自分に言い聞かせた。
「こんなことで、動揺するなんて」
前田は自分の動揺を認めた。
パソコンが動かなくなったのだ。
前田の生活はパソコンに依存していた。一日中パソコンの前にいる。ネットを見たり、日記を書いたり、写真を加工したり、ビデオを編集したりとかで、結構忙しい。
故障の原因を探るにも、モニターは真っ黒で、何も表示されない。
「落ち着くんだ」
前田はどこが故障したのかを考えた。
昨日まで動いていたのだ。
買ってまだ二年で、それまで一度もトラブルはなかった。
「マニュアルがあったはずだ」
しかし、何を調べればよいのかも分からない。
コンセントを調べた。抜けていない。簡単に抜けるようなものではない。
「落ち着くんだ」
前田はまた言い聞かす。
「こんなことで、心が乱れてどうする。機械が故障しただけのことじゃないか。人生にとって何事もないに等しい。他愛のない話じゃないか。こんな物がなくても暮らしていけるんだ。だから慌てる必要はないんだ」
前田はタバコを口にくわえるがライターがない。
予備のライターを取り出す。
「痛い」
四つ入って同じ値段なので買ったライターだ。しかし点火する時、指紋が取れそうなほどこする箇所が堅い。
「いつものように爪で回せばいいんだ。指の腹で回してはいけないと、確認したはずだ」
前田の心は既に決まっていた。
「買い直す。新しいのを買う」
修繕を最初から諦めているのだ。
「二年持ったじゃないか。もう充分だろ」
時計を見る。まだ昼下がりだ。今から近くの電気屋へ行けば、夕方には使えるはずだ。
「この気持ちの乱れは何だろう」
前田にとってパソコンは一日を過ごす伴侶だったのだ。
タバコを吸いながら真っ黒なモニターを見る。
「世界が消えたも同然だ」
前田はタバコをもみ消し、電気屋へ走った。
了
2008年03月11日