小説 川崎サイト

 

駅前ツーリング

川崎ゆきお



 高田は暖かくなったので自転車で外に出てみた。
 冬が終わったのかもしれない。
 高田は冬場ひきこもっていた。寒くて体が動かなかったのだ。体調もすぐれず、寝込んではいないものの、静かに暮らしていた。
 ところが温度が上がると体調もよくなった。体も動き出した。
 よく晴れた春先、部屋の中にいるのが逆に落ち着かない。
 虫もこの季節から蠢き出す。高田もそれに準じた。
 もう風は耳を冷たくしない。手袋なしでもハンドルを握れた。
 空が高くなったようにも感じる。遠くを見るのも久しぶりだ。
 高田は、首輪を外された子犬のように、そして脱兎のように歩度を走った。
 しかし、行く当てはない。ただ自転車で走っているだけだ。それでも風景は次々に用意される。高田はそれを眺めていればいいのだ。これが目的なのだから。
 しかし特定の道を走れば、特定の場所へと行く。特に特定した覚えはないが、いつの間にか選んでいるのだ。
 高田が進んでいいる方向には賑やかな場所がある。元気だと地味な場所ではなく、活気のある場所へ向かうのだろうか。
 三十分ほど走るとさすがに息が切れてきた。
 賑やかな駅前はもう少し先だ。
 高田は駅前のコーヒーショップに入り、休憩し、引き返そうと思った。
 もう目的の半ば以上達した気分だ。
 やや汗ばみながら駅前に到着する。
 だがコーヒーショップがない。改札前にある電鉄会社経営の店だ。簡単につぶれるはずがない。
 だが、簡単に消え、コンビニになっていた。
 高田がコーヒーショップを見たのは一年以上前の話だ。
 それがまだあると思っていたのは、何十年もそこにあったからだ。
 駅前は一年前に比べ、様変わりしていた。駅舎が改装され、古くからあった商店がほとんど消えていた。
 高田は単純に悲しい気持ちとなる。
 自分の世界の一角が崩れたような感じだ。
 高田は、そのままもと来た道を引き返した。
 元気が出ても、いいことばかりとは限らない。
 
   了



2008年03月12日

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