小説 川崎サイト

 

思う風景

川崎ゆきお



 ある風景の中にいたいと上田は思った。
 それは一枚の写真からだ。
 その写真は買ったばかりの望遠レンズで撮影したものだ。
「観念の一点を切り撮る」
 上田は大袈裟に、そう思って買い、撮影した。
 近所の道が写っていた。
 だが、上田はそこが近所の毎日見ている通りだと了解するまで、やや間があった。
 超望遠レンズで写したため、距離感が圧縮され過ぎていたのだ。
 自転車屋があり、その向こうに不動産屋のビルがある。
 それが同じ距離に詰まっているように見えたのだ。
 そこを老婆が手押し車で歩いている。
 よく見ると、すべてに間違いはない。あるものがあるだけだ。
 しかし上田はそれが別の町のように思えてならない。
 一瞬だが、そんな気持ちになった。
 今は、理解できている。
 だが「ここはどこだろう」と、最初に感じた、あの感じが忘れられない。
 それは過去の風景になってしまったのだが、錯覚の記憶だ。
 同じ場所の風景なのだから、違った風景は存在していない。
 そこで上田はまた「だが」だ。
 本当の現実も、錯覚の現実も過去の記憶になると、似たようなものではないだろうか…と。
 そして、その錯覚のほうの町に立ちたいと思ったのだ。
 この思いは、望遠鏡で覗き続けなければ実現しない。なぜなら、レンズによる錯覚のためだ。
「錯覚の方が好ましい」
 上田は、この風景に関しては、そう結論を下した。
 そして、レンズを覗かなくても、錯覚を楽しめないだろうかと考えた。
「想像すればよい」
 これが答えだった。
 想像の風景として、現実の風景を眺めればいいのだ。
 目には現実の風景が見えているが、どうせ人間は目の玉で物を見ているわけではない。脳内で合成されたものを見ているのだ。
 だから、合成すればいいのだ。
 上田がうつろな目で町内を歩きだしたのは、それからのことだ。
 
   了



2008年03月15日

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